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新ガイドライン推進の有事立法を批判する

1998年 3月
自 由 法 曹 団

−−   目   次  −−

 はじめに
第1 有事立法とは
 1 新ガイドラインと有事立法
 2 三矢研究
 3 「有事法制」研究
 4 新ガイドライン下での「周辺有事法制」
第2 有事立法と国民総動員
 1 新「ガイドライン」と米軍の軍事活動への国民総動員
 2 国民の強制動員
 3 国民の財産の取り上げ
 4 労働者全体の権利を制限する有事立法
 5 日本国憲法のもとでは絶対に認められない国民総動員体制
第3 自治体ぐるみ動員と自治権の侵害
 1 地方公共団体を動員することを明記
 2 自治体権限の剥奪と有事協力強制
 3 自治体労働者への影響
 4 町づくりとの関連
第4  情報・マスコミ統制、機密保護立法
 1 新ガイドラインと情報統制
 2 有事法制における情報統制の歴史的経過
 3 国家秘密法制定の策動
第5 新ガイドライン・有事立法と国民生活
 1 米航空機・船舶による民間港・空港などの使用
 2 武器弾薬を含む危険物資の輸送
 3 訓練・演習区域の提供
 4 衛生・傷病者の治療等
 5 警備活動など
 6 情報の交換、電波周波数の確保
第6 自衛隊の海外派兵と活動
 1 浮上する自衛隊法「改正」案
 2 「捜索・救難」のための自衛隊法「改正」
 3 「非戦闘員を退避させるための活動」のための自衛隊法「改正」
 4 船舶の臨検をするための自衛隊法「改正」
 5 日米物品役務相互提供協定の「改正」=有事版ACSAの制定
 6 自衛隊法の立法趣旨も逸脱する改悪

はじめに

 97年9月23日、日米両政府は、新しい「日米防衛協力に関する指針」(新ガイドライン)を合意した。
 新ガイドラインの内容は、(1)日本有事と周辺有事のための具体的な「共同作戦計画」と「相互協力計画」の策定、(2)日本国内の関連法整備ーの二本柱の実現が伴わない限り、「絵に描いたモチ」でしかない(98年1月21日読売新聞)。
 いまその二本柱を実現する動きが進められようとしている。
 98年1月20日、コーエン米国防長官が来日したもとで、日米両政府は、これらの計画等を策定し、日本国内の関連法整備などの実行組織となる「包括メカニズム・調整機構」の発足を正式決定した。この包括メカニズムの構成は、(1)日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(SCC、2プラス2)、(2)自衛隊と米軍による共同計画検討委員会、(3)日本政府17省庁で作る関連法整備検討のための局長等会議というものである。
 新たに設置される共同計画委員会(BPC)は、自衛隊、在日米軍、米太平洋軍で構成され、いわゆる日米の制服組により、新ガイドラインの共同作戦計画と相互協力計画を検討し、参戦準備段階の共通の基準及び実施要領(交戦規則)を検討する。武器使用、通信などについてのルールも、策定されるものとなる。
 他方、17省庁の局長等会議は、各省庁ごとの新ガイドラインへの協力措置を検討し、新ガイドライン関連法(有事立法)整備の検討と調整を主任務とする。
 このように、新ガイドラインを実行するための有事立法づくりは、98年に入り、急ピッチで進められている。98年通常国会でも、政府は、新ガイドラインを実行するための法案提出を策している。
 すでに、98年2月6日、政府は、国会に防衛庁設置法及び自衛隊法「改正」案を提出し、統合幕僚会議が周辺事態において、防衛庁長官を補佐できる内容をおりこんでいる。また、自衛隊が米軍人の救難、非戦闘員の救出、船舶の臨検を具体化するために、自衛隊法「改正」案を国会に提出しようとしている。他方で、現在軍事演習に関する協力関係が合意されているACSA(物品役務相互提供協定ー96年4月15日)の適用を戦時にも拡大することがもくろまれている。
 さらに、全般的に「周辺事態」で国民の権利・自由、自治体の権限を制限する非常事態基本法の制定をねらっている。
 当面、米軍活動支援法(98年2月22日日経新聞)、米軍支援法(同月28日毎日新聞)、周辺事態法(同月27日読売新聞、3月1日朝日新聞)などと報じられているが、いずれも、周辺事態の認定及び周辺事態における補給・輸送など米軍に対する具体的な後方支援活動、自治体や民間業者などに対する協力要請をもり込んでいる。そして、周辺事態の認定は、閣議と安全保障会議で決定し、国会の承認は不必要という。
 このような自衛隊法「改正」、ACSAの適用拡大、周辺事態基本法という基本方向については、97年6月、新ガイドラインの中間報告が出された直後に、すでに自民党山崎政調会長が公言しているところでもあり、現在、ほぼその方向が具体化されようとしている。
 いま、日本国民にとって、まさに重大な局面となっている。
 ここでは、有事立法に焦点をあてて検討するが、国会で政府がどのような順序で有事法制の法案を提出し成立をはかろうとするのかは、財政再建、景気対策、金融政策、金融機関と大蔵省の癒着、これらの緊急の諸問題の進展、参院選直前の政局と国民世論・運動の動向を考慮し、また、米政権や日本財界の動きとの間で決せられる政治判断にもかかることになる。しかし、いついかなる有事立法があらわれようとも、それはすべて周辺有事、安保強化、米軍のために日本国民に犠牲を強いるための法制であり、その突破口である。
 そこで、本書は、次のとおり、有事立法の本質・危険性を明らかにするとともに、とりわけ、新ガイドラインのもとで進められようとしている周辺有事立法の内容を解明し、その問題点を明らかにするものである。
 第一に、有事立法の動向とこれまで進められてきた有事立法の研究について、その内容と問題点について述べる。
 第二に、国民の権利に関する有事立法の問題点、特に、国民総動員体制の危険な動きを明らかにする。
 第三に、自治体ぐるみの動員と自治体権限の剥奪に焦点をあてて問題点を解明する。
 第四に、有事立法の一環としてすすめられる情報・マスコミの統制、機密保護立法について述べる。
 第五に、新ガイドライン及び有事立法により、国民生活の日常がどのようになるか明らかにする。
 そして、第六に、自衛隊の海外での活動を拡大する立法の動向とその問題点について述べる。

第1  有事立法とは

1 新ガイドラインと有事立法

 98年1月7日付読売新聞は「『周辺有事立法』を優先、日米防衛指針関連法案の中間報告、『臨検』新法で対応」との見出しのもと、有事立法の動きを次のように報じた。
 「新たな『日米防衛協力のための指針』(ガイドライン)の実効性確保を目的とした関連法案の中間報告の内容が7日明らかになった。それによると、朝鮮半島など日本周辺地域のいわゆる『周辺事態』(日本周辺有事)についての有事法制の整備を、日本本土有事の法整備よりも優先して進めることとし、周辺有事における対米協力に関する『周辺事態基本法』『周辺事態における日米物品役務相互提供協定』『国連決議に基づく船舶検査法』(いずれも仮称)などの新法制や日米新協定案の検討・整備作業を進めている。」「政府は、通常国会への提出を目指してコーエン米国防長官が来日する今月(1月)20日までに、関連法整備の骨格を固める方針だ。」
 そして、前述のように、1月20日包括的メカニズムの正式発足が合意され、そのもとで、2月からは、米軍活動支援法、あるいは周辺事態法の動きが報ぜられている。その立法化は具体的日程にのぼってきている。
 新ガイドラインは、1997年9月23日、日米安全保障協議委員会によって了承、公表された。そこには、日本が武力攻撃を受けた場合とともに、日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合の日米協力、いわゆる周辺事態における日米間の軍事協力が定められている。その内容は、「具体的な政策や措置に適切な形で反映されることが期待される」として、「有事立法」による具体化が予定されている。
 周辺有事について新ガイドラインは、@救援活動及び避難民への対応のための措置、A捜索・救難活動、B非戦闘員を退避させるための活動、C臨検を含む経済制裁の実効性を確保するための活動について日米の協力義務を定めている。さらに、米軍に対する支援として、自衛隊施設及び民間施設の提供、補給・輸送等の後方地域支援を義務付け、その際には、中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用するとしている。
 新ガイドラインが、地方公共団体のみならず民間施設の使用や民間能力の活用をうたう以上、これを実施するための「有事法制」は、後に詳しく検討するように、国民の強制動員、国民の財産の取り上げや制限を伴わざるをえない。
 もともと「有事法制」それ自体が、本質的に国民の権利、基本的人権を剥奪・制限する危険性を内包している。
 何故ならば、「有事法制」とは、軍事的危機の発生あるいはそのおそれを理由に、軍隊等の行動に全面的な自由を付与するために、既存の法体系を「軍事的合理性」の論理によって変容、再編成するものだからである。そのために、「国民非常事態法」などにより、有事ー非常事態のもとで、内閣総理大臣に権限を一挙に集中し、軍事を最優先する立法や政省令などを一挙に制定するなどの方法も提示されている(平和・安全保障研究所97年11月12日付「有事法制についての提言」)。
 徹底した非武装平和主義の原理に基づき、戦争の放棄、交戦権の否認、一切の戦力を保持しないとした日本国憲法下において、かかる法制(有事法制)の存在の余地のないことは自明のところである。にもかかわらず、憲法に反する自衛隊の創設以来、有事立法制定の動きは一貫して続いている。とりわけ、福田内閣以来20年余、政府の指示と公認のもとに、防衛庁が練り上げてきたのは、「日本に対する武力攻撃」の場合を前提とした有事立法(「日本有事立法」)である。このような手持ちの「日本有事立法」の蓄積を活用することは、「周辺事態」まで軍事活動を拡大する新ガイドラインのもとでも、不可欠なのである。
 そこで以下において、まず、自衛隊の制服組が秘密裏に行った有事立法の出発点ともいえる「三矢研究」、および、日本有事を口実に政府によって公式に開始された「有事法制研究」をとりあげ、次に、日米安保共同宣言・新ガイドライン下での「周辺有事立法」について検討する。

2 三矢研究

 略称「三矢研究」と呼ばれる、「昭和38年度統合防衛図上研究」は、1963年(昭和38年)6月、防衛庁統合幕僚会議事務局長を統裁官とし、統幕事務局、陸・海・空各幕僚監部の主要幹部80名を集め、在日米軍幕僚も臨席して実施された大規模図上演習である。
 「昭和38年度において朝鮮半島に武力紛争が生起し、これがわが国に波及する場合を想定し、これを例題として非常事態に際するわが国防衛のための自衛隊の運用ならびにこれに関連する諸般の措置および手続きを統合の立場から研究し、もって次年度以降の統合および各自衛隊の年度防衛および警備の計画作成に資するとともに米軍および国家施策に対する要請を明らかにして防衛のための諸措置の具体化を推進する資料とする」ことを目的に行われた。
 それは、@アメリカが朝鮮・中国・ソ連にたいして行う第二次朝鮮戦争に日本が介入する、A日本の政治・経済・文化を統制して国民の生活と権利を制限し、戦時体制を樹立することを主要な内容としていた。
 「三矢研究」の中の「非常事態措置諸法令の研究」は、防衛徴集制の確立(兵籍名簿の準備・機関の設置)、防衛司法制度の確立、特別刑罰の設定、国防秘密の保護、軍事秘密の保護など憲法に明白に違反する事項を含んでいる。しかも、戦前・戦中の非常事態法令である戒厳令、兵役法、徴発令、軍法会議法、軍刑法、国防保安法、軍機保護法などを参考にしながら、現行関連法令の改正や新法の制定を検討している。明らかに、戦前・戦中の非常事態法制=旧有事法制を復活させようとするものであった。
 戦時立法87件を2週間で国会で成立させようとしたこの「三矢研究」は、自衛隊制服組の系統的・実践的研究であったが、防衛庁内局や内閣の承認をえない研究であったため、厳しい批判にされされた。1965年2月衆議院予算委員会において、岡田春夫議員(社会党)が、極秘とされた「三矢研究」を暴露した際、当時の佐藤栄作総理大臣は、自分はそのような研究があるとは承知していない。自衛隊がそのような計画を行うことはゆゆしき問題であるので、政府としては真相を究明して責任者を処分するつもりであるとの発言すら行った。
 しかし、この「三矢研究」は有事法制の原型ともいうべき研究であり、その内容は日本の政治の反動化の中で常に浮上の危険を含むものであり、今日においてもけっして軽視されてはならない。

3 「有事法制」研究

 「三矢研究」が内閣の承認を得ない自衛隊制服組の研究であったのに対し、1977年に開始された、防衛庁の「有事法制」研究は、内閣総理大臣の承認、防衛庁長官の指示によるものであった。すなわち、同年8月、当時の福田赳夫内閣総理大臣の了承の下、三原防衛庁長官の指示によって開始されたものである。
 研究の対象は、自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において、自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題とされた。
 この研究については、a防衛庁所管の法令(第1分類)、b防衛庁以外の他省庁所管の法令(第2分類)、c所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)に分類されており、これまでに、第1分類及び第2分類についての中間報告が、1981(昭和56)年4月と1984(昭和59)年10月にそれぞれ公表されている。第3分類については、防衛庁内の研究を終え、現在、内閣安全保障室を中心とする政府部内で検討中となっている。

a 防衛庁所管の法令(第1分類)
 第1分類は、次の4つの柱からなっている。
@ 現行法令に基づく政令等が制定されていない問題ー自衛隊法第103条は、有事の際の物資の収用、土地の使用等について規定しているが、物資の収用、土地の使用等について必要な手続等を定める政令が未だ制定されていない等である。
A 現行規定を補備する問題ー自衛隊法第103条による物資の収用、土地の使用等を、公用令書の交付なしにできるようにすること、土地の使用を行う場合に工作物を撤去しうるようにすること、物資の保管命令に従わない者に対する罰則を設けること等である。
B現行規定の適用時期の問題ー土地の使用命令を防衛出動待機命令下令時からできるようにすること等である。
C新たな規定の追加の問題ー民有地の緊急通行や防衛出動待機命令下での武器使用等である。
 いずれも、国民に防衛負担を課し、国民の基本的人権を様々に制約する内容をもっていた。
 例えば、@の政令については、「別紙」において盛り込むべき内容の概略を検討している。そこで、第1の問題は、物資の収用・土地の使用等について都道府県知事に要請する者を師団長その他部隊の指揮官とすることによって、彼ら「制服」組の判断によって何らのチェックもなく、容易に物資の収用・土地の使用等が可能とされる点である。第2の問題は、従事命令に服すべき国民の範囲が極めて広範囲となる点である。

b 防衛庁以外の他省庁所管の法令(第2分類)
 第2分類は、「他省庁所管の法令について、現行規定の下で有事に際しての自衛隊の行動の円滑を確保する上で支障がないかどうかを防衛庁の立場から検討し、検討項目を拾い出した」ものである。当該項目について関係省庁と協議、調整を行った上で、@部隊の移動、輸送、A土地の使用、B構築物建造、C電気通信、D火薬類の取扱い、E衛生医療、F戦死者の取扱い、G会計経理の8項目について法令上の特例措置を必要としている。
 中間報告は、第2分類について問題点の整理はおおむね終了したとした。そして、今後は、「有事における、住民の保護、避難又は誘導を適切に行う措置、民間船舶及び民間航空機の航行の安全を確保するための措置、電波の効果的な使用に関する措置など」所管官庁が明確でない事項、いわゆる第3分類の研究が必要であるとした。

c 所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)
 第3分類の具体的法案内容については政府自身によっては公表されてはいない。1985年8月24日付読売新聞が「民間防衛など10項目提起(有事法制の第3分類研究)」としてその1部を伝えているにすぎない。但し、防衛庁の記者団に対するブリーフィングに際しては、@平時の権限として国連警察軍への参加、在外邦人の保護、領空侵犯対処の問題、A有事の際の米軍の行動に関連するもの、Bいわゆる戦時災害補償、C憲法に関係する問題として総動員・戒厳・言論統制、D機密保護の問題(スパイ防止)、E治安に関すること(大衆運動、産業統制)が、すでに述べられている。  読売新聞によると、第3分類として問題提起の予定されているものは、次の10項目である。
 すなわち、@民間防衛(住民の避難・疎開、灯火管制、応急医療体制、民間防衛組織など)、A航空保全管制、B電波使用の規制、C船舶運航統制、D特定水域設定(通航の行動規制区域、危険警戒区域)、E気象情報管制、F作戦予想区域における施設、建築物の破壊など、G民間輸送力の確保、Hジュネーブ4条約の国内法制化など、I拿捕した船舶や搭載物件の取り扱いである。
 以上の「有事法制」について、『1997年防衛白書』は、次の通り述べている。
 「1977年(昭和52年)に開始された有事法制の研究は、自衛隊法の規定により防衛出動を命ぜられるという事態における自衛隊の行動にかかわる法制の研究である。この研究において、防衛庁所管の法令及び他省庁所管の法令についての問題点の整理は、これまでにおおむね終了したと考えているが、所管省庁が明確でない事項に関する法令については、政府全体で取り組むべき性格のものであり、個々の具体的検討事項の担当省庁をどこにするかなど今後の取扱いについて、内閣安全保障室が種々の調整を行っている。防衛庁としては、有事法制については、研究にとどまらず法制が整備されることが望ましいと考えているが、法制化するか否かという問題は高度の政治判断に係るものであり、国会における議論や世論の動向などを踏まえて対応すべきものであると考えている。」
 すでに、防衛庁内の研究は終了し、その法制化は、政治判断によるものとしており、政治判断によっては直ちに法制化される危険を有している。

4 新ガイドライン下での「周辺有事法制」

  1. 従来の「有事法制」が主として日本に対する武力攻撃が行われた場合を想定しているのに対し、今日の「周辺有事法制」は、日本に対する外部からの武力行使を要件とせず、日本周辺地域(事実上アジア太平洋地域)における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合、いわゆる「周辺事態」を想定しているのが特徴である。

  2. 1996年4月17日、橋本首相とクリントン大統領は、「日米安保共同宣言」を発表した。この「宣言」で、日米両首脳は、「日米間の協力の基盤は引き続き堅固であり、21世紀においてもこのパートナーシップが引き続き極めて重要であることで意見が一致した」「両国政府が、アジア・太平洋地域の安全保障情勢をより平和的で安定的なものとするため、共同でも個別にも努力することで意見が一致し・・・・日米間の安全保障面の関係に支えられたこの地域への米国の関与が、こうした努力の基盤となっていることを認識した」「日米安保条約が日米同盟関係の中核であり、地球的規模の問題についての日米協力の基盤たる相互信頼関係の土台となっていることを認識し・・・・両国政府が平和維持活動や人道的な国際救援活動等を通じ、国際連合その他の国際機関を支援するための協力を強化することで意見が一致した」としている。
     すなわち、@21世紀にわたり安保条約と米軍基地の体制を固定化することを宣言し、A安保条約の適用範囲をアジア太平洋地域に拡大し、B日本に対する武力攻撃がなくても、日本周辺地域=アジア太平洋地域で紛争が発生した場合に、日本への武力攻撃の有無とは無関係に日米共同作戦を発動することを宣言したのである。
     日米安保共同宣言を受けた新ガイドラインでは、日米共同で軍事活動を行うために、次のように定めている。
     「周辺事態は、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態である。周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したものである。日米両国政府は、周辺事態が発生することのないよう、外交上のものを含むあらゆる努力を払う。日米両国政府は、個々の事態の状況について共通の認識に到達した場合に、おのおのの行う活動を効果的に調整する。・・・・・・周辺事態が予想される場合には、日米両国政府は、その事態について共通の認識に到達するための努力を含め、情報交換及び政策協議を強化する。同時に、日米両国政府は、事態の拡大を抑制するため、外交上のものを含むあらゆる努力を払うとともに、日米共同調整所の活用を含め、日米間の調整メカニズムの運用を早期に開始する。また、日米両国政府は、適切に協力しつつ、合意によって選択された準備段階に従い、整合のとれた対応を確保するために必要な準備を行う。更に、日米両国政府は、情勢の変化に応じ、情報収集及び警戒監視を強化するとともに、情勢に対応するための即応態勢を強化する。」とし、後に述べるように日米協力義務と日本の対米支援義務を定める。

  3. 国内においては、日米安保共同宣言発表後の96年5月13日、橋本龍太郎首相は、内閣官房、外務省、防衛庁に対し、日米安保共同宣言を踏まえ「有事法制」の研究を始めるよう正式に指示し、これを受け、政府は、外務・防衛・運輸・警察などが参加した会議を開き、日本周辺地域を中心に予想される緊急事態に備え、@在外邦人等の保護、A大量難民対策、B沿岸・重要施設警備、テロ対策、C各種の対米協力措置について4つの作業部会を関係省庁の課長らでつくり検討を進めることとした。
     与党自民党も、同年7月8日、「ガイドライン見直し及び緊急事態対応策の検討(総理指示)のとりまとめを急ぐことは、わが国にとって喫緊の課題である。政府としては、これらの検討を急ぎ、各種事態への対処方針を明確化するとともに、各種対応に関する行動の枠組みを分類し、各種行動を遂行する上で必要な法制を把握することで現行法制上の問題点を明らかにする必要がある。こうした体制の整備は、従来の有事法制という考え方に止まるものではなく、緊急事態及び周辺事態への対応というものでもあり、政府全体として、緊急事態法制としてワン・パッケージで新たに検討・整備すべきである」との提言を発表した(同党安全保障調査会「ガイドラインの見直しと新たな法整備に向けて」)。
     また、新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)が策定されたことを受けて、1997年9月29日、臨時閣議において、国内の法制整備を含めて「実効性の確保のために必要な措置」をとることを決定した。この閣議決定にもとづいて関係省庁局長連絡会議が開かれた。そして、すでに述べたように、98年1月20日以降は、包括メカニズムの一環として、関連法整備のための局長等会議で立法化に向けて準備が進められている。

  4. 以下では、新ガイドラインが定める日米協力義務と日本の対米支援義務、および、それに対応する国内法=有事法制の内容(その具体的内容は明らかにされていないが、その一部は新聞等で報道されている。)を整理しておく。

    イ 日米協力義務
     この日米協力義務は、米軍を主として自衛隊が協力しつつ行う活動である。
    1. 救援活動及び避難民への対応のための日米協力
       新ガイドラインは、日米両国政府が、救援活動及び避難民について、被災地への人員・補給品の輸送、被災地での医療・通信・輸送等の日米協力を定める。
       自衛隊の海外での活動が想定され、自衛隊法とPKO法の「改正」が検討されている。すでに、政府は、本年3月13日、「国際連合平和維持活動等に関する法律の一部を改正する法律案」(以下、PKO法「改正」案という)を国会に提出し、停戦合意が成立していない場合にも、海外の紛争地域における物資協力を行うものとしている。
    2. 捜索・救難
       新ガイドラインは、日本領域及び戦闘行動が行われている地域とは一線を画される日本の周囲の海域において、日本が捜索・救難活動を実施するとする。「戦闘行動が行われている地域とは一線を画される日本の周囲の海域」というのが、どの海域を指すのか明らかではなく、公海ばかりでなく他国の領域まで含むのか疑問であり、この点についても自衛隊法の「改正」が問題とならざるをえない。
    3. 非戦闘員を退避させるための活動
       新ガイドラインは、非戦闘員の退避に関して、その計画・実施について協力を義務付けている。
       自衛隊法100条の8は、「輸送の安全が確保されていると認めるときは」航空機での邦人等の輸送を行うことができると定めている。新ガイドライン制定により、右「安全確保」の要件を削除すること、及び自衛隊の艦船を派遣することが検討されている。
    4. 経済制裁の実効性を確保するための活動
       問題は、船舶の検査、臨検である。自衛隊法に臨検を可能とする旨の「改正」あるいは「国連決議に基づく船舶検査法」(仮称)の制定が検討されているが、停戦命令に従わない船舶に対する自衛艦による軍事的威嚇や武力行使を伴わざるをえない。


    ロ 米軍に対する日本の支援
    1. 施設の使用
       施設の使用について、日本は米軍に対し、新たな施設・区域の提供を適時かつ適切に行うとともに、米軍による自衛隊施設及び民間空港・港湾の一時的使用を確保するとしている。
       新たな施設・区域の提供については、米軍用地特別措置法による強制的収用が沖縄以外でも問題となりうる。また、民間空港・港湾の米軍への提供については、地方空港や港湾の管理者である地方自治体の協力・同意が不可欠であり、その協力がえられない場合をも想定した法「改正」が検討されている。
    2. 後方地域支援
       新ガイドラインは、後方地域支援としては、補給、輸送、整備、衛生、警備、通信等の支援義務を定める。
       現行の日米物品役務相互提供協定(ACSA)が訓練など平時の適用に限定されていることから、補給や整備を「緊急事態」でも対応できるよう「有事ACSA」の必要が検討されている。さらに、傷病米兵の治療のために医療施設などを強制使用するための措置、物資の輸送経路を警備するための措置、米軍が通信で使う周波数の追加割り当てのための措置、緊急事態下での輸送、緊急事態発生時の自衛隊による整備・修理業務、緊急事態時の政府による医療用施設の強制使用、民間業者による米軍協力を進めるための罰則等が検討項目とされている。

第2  有事立法と国民総動員

1 新「ガイドライン」と米軍の軍事活動への国民総動員

  1. 米軍の軍事活動への国民総動員を宣言した新「ガイドライン」
     日米新「ガイドライン」では、「後方地域支援を行うに当たって、日本は、中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」として、アメリカが引き起こす軍事行動に対して、民間港湾・空港の有事利用をはじめ、自治体や国民を総動員することを宣言している。
     新「ガイドライン」では、「周辺事態」に対する「日米協力」として、40項目におよぶ具体例が列挙されているが、これによると、空港、港湾、鉄道をはじめとする運輸部門や医療関係、自治体などのあらゆる分野で米軍への協力が強制され、さらに、土地、施設、各種物資の強制使用がなされることになる。
     このように国民を強制的に米軍の軍事行動に協力させることは、憲法の平和原則に反するものであることはもちろん、国民の基本的人権と財産権を踏みにじるものであって、現憲法のもとでは絶対に許されないことである。

  2. 進行している有事立法づくり
     政府は、このような国民動員を可能にするための「有事立法」を国会に提案する意向を明らかにし、すでにその検討に入っている。また、平成9年度の「防衛白書」では、わざわざ「有事立法」の項目が設けられ、有事立法の必要性が公然と語られていることはすでに指摘したとおりである。
     政府は、国民にその内容を明らかにしないまま有事立法の検討を進めており、このこと自体が国民主権や議会制民主主義に反するものである。前述したように、1978年に内閣総理大臣の指示により開始された防衛庁の有事立法研究の「中間報告」、また、すでに報道されている「周辺有事」に関する防衛庁の検討内容にもとづき、以下、国民の強制動員と財産の取り上げを中心に現在準備が進められている有事立法の内容と問題点を明らかにする。

2 国民の強制動員

  1. 広範な軍事活動への協力の強制
     新「ガイドライン」で想定されている米軍への「後方支援」は、補給、輸送、整備、衛生、警備、通信など広範な分野にわたっている。けれども、民間業者や労働者に対して米軍への協力を義務づける法律上の根拠は存在していない。
    自衛隊法第103条第2項は、自衛隊が防衛出動を命じられた場合に、「医療、土木建築工事又は輸送を業とする者」に対して指定した業務に従事することを命じることができる旨規定し、その範囲や手続等は政令で定めることとしている。しかし、この規定にもとづく政令はいまだに制定されていないし、業務従事命令を拒否した者に対する罰則も制定されていない。
     そのため、防衛庁は、民間業者等の協力を具体化するために、罰則等の強制措置と補償についての法的措置を検討していると報じられている。また、防衛庁が1981年に発表した有事法制研究の「第1分類」に関する中間報告では、同法にもとづく業務従事命令の対象者と手続が検討され、さらにこれに違反した場合の罰則の適用が求められている。
     この中間報告によると、業務従事命令の対象者は、災害救助法施行令に規定するものとおおむね同様のものとされ、以下の12業種があげられている。
    ○医師、歯科医師、薬剤師、診療X線技師
    ○看護婦、准看護婦、看護士、准看護士、保健婦
    ○土木技術者、建築技術者、建設機械技術者
    ○大工、左官、とび職
    ○土木業者、建築業者、およびこれらの者の従業者
    ○地方鉄道事業者およびその従事者
    ○軌道経営者およびその従事者
    ○自動車運送業者およびその従事者
    ○船舶運送業者およびその従事者
    ○航空運輸業者、航空機使用事業者およびその従事者
    ○港湾運送業者およびその従事者
    ○馬車、牛車をもって運送に従事する者
     このように、有事立法では、医療、建築・土木、運輸関係の事業者および労働者が、罰則の制裁のもとに根こそぎ米軍の活動への協力を強制される危険性が大である。
     さらに、新「ガイドライン」による米軍に対する協力項目には、通信、整備・修理、給水、汚水処理、給電なども盛り込まれているため、実際に業務従事命令の対象とされる範囲はさらに拡大される危険性が大きい。

  2. 現実に進められている米軍への協力と動員
     重要なことは、新ガイドラインと前後して、米軍の演習に際して、米軍の兵員や物資の輸送が民間の業者の協力によって進められ、多数の労働者が「業務命令」の名の下に米軍の活動へ協力させられていることである。使用者の業務命令を拒否することは、これと闘う確固とした態勢が確立されてなければ困難であろう。しかし、現在進められている有事立法の内容は、これをさらに進めて、罰則という手段も使って米軍に協力する労働を強いるものである。闘うことすらさせないようにするのである。
     すでに、医療関係については、湾岸戦争時に、「志望」という形で医師や看護婦らが現地に派遣されている。また、米軍が日本政府に対して、「周辺有事」の際に1000名の傷病兵の治療の受け入れを求めていると報じられている(「琉球新報」97年12月7日)。
     さらに、97年秋、米軍の艦船が各地の民間港湾に出入港する事態が相次いだ。その際、該当する自治体労働者が港湾の整備や寄港準備、さらには艦船への給水等で動員されている。すなわち、自治体が米軍への協力を受け入れた場合には、現行法のもとでも、地方公務員が「業務命令」によって米軍への協力を強制させられることは必至である(この点は、「自治体の動員」に関して後に詳述する)。一方、国家公務員については、ストレートに「業務命令」で強制的に動員されることになる。

  3. 生命の危険も大きい米軍への協力
     先に引用した防衛庁の有事法制研究は、基本的には日本への武力攻撃があった場合の自衛隊の防衛出動を想定したものであった。しかし、今回の新「ガイドライン」による米軍への協力は、「周辺事態」という日本の防衛とは直接関係のない米軍の活動にも自衛隊と国民を動員しようとするものである。
    そもそも米軍の相手国からみれば、いくら「後方支援」といっても、米軍に対する補給、輸送、整備、衛生、警備、通信などの協力は、戦争のために不可欠でこれと一体のものであって、明らかに敵対行為とみなされるのが、国際的な常識である。結局、国民に強制されようとしているのは、日本の防衛とは無関係の戦争行為への「協力」といわざるをえない。
     さらに、たとえば、輸送に関する「後方地域支援」では、「公海上の米艦船に対する人員、物資及び燃料・油脂・潤滑油の海上輸送」が盛り込まれているが、この物資輸送というのは、武器・弾薬の輸送も含むものであり、戦争行為そのものである。また、そもそも、戦闘地域と「後方地域」を画然と分けることはおよそ不可能である。したがって、有事立法のもとで、文字通り戦闘地域での戦争行為を強制される危険性が大である。労働者は直接生命の危険にさらされることになるのである。

3 国民の財産の取り上げ

  1. 米軍用地特措法の改悪の意味
     政府は、昨年4月、米軍用地特別措置法の大改悪を強行した。この改悪は、米軍基地用地について、未だ収用委員会の裁決が出されていない不法占拠中でも、収用委員会の審理中であれば、米軍基地として使用し続けられるというものである。さらには収用委員会が却下の裁決をしても建設大臣への不服申立の手続き中であれば、同様に基地として使用を続けられるというのである。
     この特措法改悪は、米軍基地の縮小・撤去を求める沖縄県民の声をふみにじり、米軍基地を半永久的に確保しようとするものであった。しかも、米軍のために国民の土地を強制的に取り上げるという特措法が「周辺有事」の際に必要とされる土地の確保のために使われることになるのは、必至である。この意味で、特措法改悪は、有事法制の先駆けというべきである。
     さらに、米軍用地特措法をめぐっては、収用手続に関する自治体の主張や都道府県の収用委員会の権限自体を取り上げるという更なる大改悪までもが検討されている。この点は、地方自治の破壊とも関連するので、次項で詳述する。

  2. 様々な物資の調達
     新「ガイドライン」は、米軍の活動への「協力」を実行するために、土地だけでなくあらゆる資材・物資を調達することを予定している。すでに、防衛庁は、米軍が日本の施設を利用する際に必要な土地・資材等の確保に関する法的措置の検討を行っていると報じられている。
     自衛隊法第103条第1項及び第2項は、自衛隊が防衛出動した場合の施設の管理、土地・家屋・物資の使用、その保管・収用等ができるものとしているが、業務従事命令と同様にこれを具体化した罰則や政令は存在していない。
     この点について、防衛庁の有事法制研究中間報告(1981年)では、使用または収用の対象となる物資について以下の8項目があげられている。
    ○食糧、加工糧食品、飲料
    ○自衛隊の用に適する被服
    ○自衛隊の用に適する医療品、医療器械器具その他衛生用資材
    ○自衛隊の用に適する通信用機材、資材
    ○装備品等の修理、整備に必要な器材、資材
    ○土木建築用器材、資材、照明用器材、資材
    ○燃料、電力
    ○船舶、車両、その他輸送器材、資材
     要するに、国民生活に関連するあらゆる分野の物資を軍事活動のために調達して、使用することが予定されている。現在の米軍用地特措法よりもさらに簡略な手続きで、これを強制的に取り上げ、あるいは優先的に調達して、使用するために有事立法が制定されることになる。

4 労働者全体の権利を制限する有事立法

 以上指摘したとおり、新「ガイドライン」にもとづく米軍の軍事行動への協力を実行するために、広範な分野の国民とその財産を米軍の軍事活動に強制的に動員する有事立法の制定が企まれている。
 加えて、「周辺有事」の名の下に、労働者全体の権利が著しく制限される危険性も大である。
 たとえば、防衛庁は、1978年からの有事立法研究に先立って、すでに1966年に有事立法の「研究要綱」をまとめていたことが報じられている(読売新聞・1978年8月20日)。
 この「研究要綱」では、「研究事項」として、「労働基準に関するもの」として、「労働者のため最小限必要な労働基準について、緊急態勢に応じて、年齢、労働時間、勤務時間等の勤務条件の特例を設ける。」ことがあげられている。また、「労使間の関係に関するもの」として、「緊急時における生産確保のために、労働者と使用者との間の集団的関係(争議権等)について特例を設ける。」こともあげられている。
 憲法第28条の労働基本権は、戦前の国家総動員体制のもとでの労働者の無権利状態に対する反省を踏まえ、長年にわたる労働者のたたかいの成果として保障されるに至ったものである。有事立法は、まさに軍事目的のためにこうした労働者の権利を根こそぎ奪おうとするものにほかならない。

5 日本国憲法のもとでは絶対に認められない国民総動員体制

 新「ガイドライン」の実行のために現在進められている国民への協力の強制や財産の取り上げは、日本国憲法のもとでは断じて認められないものである。

  1. 国民の基本的人権の侵害
     憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定め、第29条は、「@財産権は、これを侵してはならない。A財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。B私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と定めている。
     有事立法による国民の強制的動員と財産の取り上げが憲法が保障する基本的人権を侵害するものであることは明らかである。また、憲法第18条は、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」と規定しているが、米軍の軍事活動への協力の強制もここにいう「意に反する苦役」として許されない。

  2. 軍事的価値を否定した憲法の原則
     憲法は、前文と第9条で、徹底した平和主義の原則を定めるとともに、日本の武力行使、軍隊の保持と交戦権を明確に否定している。
     かって、「大日本帝国憲法」には、「緊急ノ必要」のための法律にかわる「勅令」の発布(第8条)、天皇の統帥権(第11条)や「宣戦布告」権(第13条)、「戒厳令」の規定(第14条)など戦争遂行を前提とした規定が盛り込まれており、大日本国憲法の規定そのものが「戦時」や「国家事変」の場合に「天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ」とされていた(第31条)。しかし、日本国憲法は、このような大日本帝国憲法の規定をことごとく明確に否定している。
     このように、憲法は、基本的人権の尊重を保障するとともに、軍事的な価値を否定しているのである。
     このことは、たとえば戦後の土地収用法改正に際して、戦前は認められていた軍事目的のための土地収用が明確に否定されていること、国家総動員法等の国民を戦争に動員する法律が廃止されたことに端的にあらわれている。
     したがって、軍事目的を「公共の福祉」とし、そのために人権を制限することは許されない。少なくとも、人権保障よりも軍事的な要請が優先するという考えは、日本国憲法のもとでは絶対に成り立たない。ましてや、現在進められている有事立法の策動は、日本の防衛にも関係のない米軍の軍事活動に協力するために、国民の人権を侵害しようとするものであるから、なおさらである。

第3  自治体ぐるみ動員と自治権の侵害

1 地方公共団体を動員することを明記

 すでに指摘したように、新ガイドラインでは、日本に対する武力攻撃がなされた場合に、「日米両国政府は、後方支援の効率性を向上させ、かつ、各々の能力不足を軽減するよう、中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力・並びに民間が有する能力を適切に活用しつつ、相互支援活動を実施する」としている。また、周辺事態の場合に、「後方地域支援を行うに当たって、日本は、中央政府及び・地方公共団体が有する権限及び能力・並びに民間が有する能力を適切に活用する」としている。
 このような地方自治体の動員は旧ガイドラインではなかったものであり、文字通り自治体ぐるみの参戦体制づくりをねらっている。
 契機となったのは、96年4月15日のSACO「中間報告」である。その中で「普天間飛行場を返還する。」とした条件のなかに「危機に際しての施設の緊急使用についての日米共同の研究が必要となる。」の項目が入れられた。これに基づき全国の民間空港などの利用の共同研究が行われることとなり、その結果、地方自治体を動員する参戦体制づくりがすすめられることとなった。
 しかしながら、このような動員は憲法の平和原則はもちろん、「地方自治の本旨」(憲法92条)すなわち団体自治と住民自治、さらに地方自治体の基本任務である「住民・・・の安全、健康及び福祉を保持すること」(地方自治法2条3項1号)を真っ向から踏みにじるものである。
 ここでは、第一に法制面を中心に自治体の権限の剥奪、有事にあたっての自治体への協力強制を、第二に自治体労働者への影響を、第三に町づくりを含めた地域のあり方との関係を論ずる。

2 自治体権限の剥奪と有事協力強制

  1. 三矢研究における地方自治体の動員
     1963年におこなわれた三矢研究では、「2 政府機関の臨戦化」の項目に「(2)地方」があげられ、その中に「(1)自衛隊の行動に適応する地方行政機構の整備」「(2)非常事態様相に応ずる地域独立性の付与」の事項が掲げられた。さらに「大東亜戦争間」の項目に「地方行政協議会」「地方代監府(20・1緊急措置要綱)「食糧自給態勢強化(20・1緊急措置要綱)」があげられた。また、「4 自衛隊内部の施策」の項目に「(4)地方行政組織と自衛隊組織(調整の円滑化)」があげられた。
     このように三矢研究当時から、地方自治体を動員することが検討されていたのである。

  2. 自衛隊法による自治体への強制
     自衛隊法での地方自治体との関連の主なものは次のようなものである。
     都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合(82条)、災害に際して人命又は財産の保護のため必要があると認める場合(83条)、自衛隊の出動を要請できる。自衛隊の防衛、治安、防災の出動・行動に際しては、国、関係地方自治体、警察消防などの機関とも、相互に緊密に連絡し、協力するものとされている(86条)。
     他方、防衛出動に際しては、防衛庁長官をはじめ自衛隊側の要請にもとづき、知事が、物資の収用等、施設等管理、土地等使用、物資の生産、集荷、販売、配給、保管、輸送を業とするものに保管命令を出したり、直接収用することができる(76条1項)。また、医療、土木建築工事、輸送を業とする者に同種の業務で指定したものに業務に従事することを命令することができる(103条)。さらに、これらの命令に対しては、行政不服審査法の適用が排除されている(103条6項)。
     これらの条項は広範な実施の細目を政令に委任しているが、その政令は未だに制定されていない。

     しかし、周辺有事においても、知事や市町村長を通じて物資の収用などを可能とする法制が政令の制定も含めて行われる危険がある。
     自衛隊法86条は、防衛出動などの場合に知事、市町村長、警察消防機関その他の国又は自治体の機関は相互に密接に連絡、協力することを定めているが、これとの対比で重視すべきなのは、新ガイドラインで、平時からの軍事協力のあり方を述べていることである。すでに指摘したように、新ガイドラインは「双方の関係機関の関与を得た包括的なメカニズム」をうたい、その下に「日米両国政府は、緊急事態において関係機関の関与を得て運用される日米間の調整メカニズムを平素から構築しておく」として、「平素からの調整メカニズム」を関係する省庁を巻き込んで平素から確立するとしている。さらに、「日米両国政府は、計画についての検討を行うとともに共通基準および実施要領等を確立するため、包括的なメカニズムを構築する」としている。そして、これを具体化するために、古川貞二郎官房副長官を責任者とする「関係省庁局長等会議」が、1府16省庁の参加のもと、10月21日に初会合を開いている。ここには自治省も参加している。さらに、98年1月20日に「包括的メカニズム」の一環として有事立法の整備を行う機関として日米で合意された関係省庁局長等会議にも、自治省が加わっている。ここにも、地方自治体の動員が今後具体化されてくる危険が示されている。
     こうして自治体を有事立法でかんじがらめにして憲法の地方自治の本旨を没却する動きが進行しているのである。

  3. 自治体の権限剥奪
    1. 港湾・空港の強制使用
       新ガイドラインの検討対象には「民間空港・港湾について港湾管理者(自治体)の協力・・・についての法的措置」がうたわれている。
       港湾の管理権は地方自治体にある(港湾法2条1項)。地方自治法2条3項4号も地方自治体の事務として「ドック、防波堤、波止場、倉庫、上屋その他の海上または陸上輸送に必要な施設を設置し若しくは管理し、又はこれらを使用する権利を規制すること」をあげる。
       港湾管理者としての自治体の業務には「水域施設の使用に関し必要な規制を行うこと」などがある(港湾法12条1項5号の2、同法34条)。全国には都道府県が港湾管理者となっている港が625港、市町村が管理者のものは395港ある(1997年4月1日現在。運輸省港湾局管理課調べ)。
       空港には第1種、第2種、第3種があるが、第3種空港は関係地方自治体が協議して定める地方自治体が設置し管理する(空港整備法5条1項)。第3種空港は全国で49ヶ所ある(1997年2月1日現在)。また第2種空港は運輸大臣が設置管理するが、管理上適切であれば申請によって地方自治体に管理させることができる(同法4条1項、同2項)。第2種空港のうち、地方自治体が管理者となっている空港は5ヶ所ある(1997年2月1日現在)。飛行場設置者は、飛行場施設の機能を維持管理すべき義務があり(航空法47条1項)、その具体的内容は航空法施行細則92条で定められているが、その中には天災その他の原因により航空機の離発着の安全を阻害するおそれが生じたときは、ただちにその供用を一時停止するなど危害予防のため必要な措置を取り、その旨を運輸大臣に通報すること(7号)なども含まれる。飛行場の設置者は飛行場の供用の条件その他について管理規定を定める(航空法54条の2第1項)。管理規定の内容は運用時間などであり、入場者の制限や飛行場内の禁止行為を定めることも含まれる(施行規則93条の2)。第3種空港の管理規則は通常条例で定められている。
       これらの権限によって、自治体は港湾や空港の管理を行うことができ、その権限の用い方によっては米軍の動きに重大な規制を行うことも可能である。現在でも、非核神戸方式によって事実上米軍艦の入港を神戸港は認めないという運用がされている。神戸市は神戸市港湾施設条例に基づき外国艦艇が入港する際には港湾管理者である市長が非核証明書を請求し、その送付があったものに入港許可通知を出し、非核証明書の提出のない艦艇の入港は認めないという方針を取っている。米軍は核兵器の存在を「肯定も否定もしない」方針のため、神戸市に対して非核証明書を提出しない。そのため、米軍艦は神戸港に入港していないのである。また、那覇港は港湾管理者が那覇市であり(米軍に提供された那覇軍港は除く)、那覇市はいかなる国の軍艦も入港させないという革新市政の方針によって、米軍艦は一隻も入港していない。また、高知県も非核証明のない外国艦船の入港を認めない方式を高知全港(19港)に適用することを準備中である。これは山本卓副知事が96年秋、高知新港(98年3月26日開港予定)について「商業港をつくっているので非核化にむけ努力する」と回答、97年3月の県議会予算委員会で橋本知事が新港に対し「外国の艦船の入港にあたりまして神戸方式で対応していきたい」と答弁したのを受けて、97年山本副知事が10月28日に明らかにしたものである(「原水協通信」97年12月号)。直接米軍を対象としたものではないが、実施されれば米軍の艦船は入港できなくなる。
       現在民間港湾・空港への米軍使用の根拠は日米地位協定5条とされており、これによって民間空港へは緊急時の、港湾については開港(外国船舶の出入りが許されている港)の使用ができるとしている。防衛庁の自民党国防部会への報告文書では民間空港、港湾使用のために地位協定2条4項bにより米軍の一時使用協定の締結による対応をうたっている。運輸省の自民党国防部会への報告文書では民間空港・港湾の使用について「地位協定に基づき使用可」との判断を示し「個々の施設および区域については合同委員会を通じて協定を締結」としている。さらに地方自治体の管理する空港・港湾について「使用の具体的内容を明確にした上で、次の事項について調整」として「地方公共団体の同意」をあげる。しかし、この「同意」が得られない場合でも米軍の使用を可能にするために、あるいはそもそも同意を不必要とするために、地方自治体の権限を侵して空港・港湾の管理権を制限、剥奪することが検討されている。
       しかし、日本の主な港湾や空港はいずれも超過密の状態である。そのために事故の危険も多く、ニアミスやニアミスにいたらないものの危険を感じる場面は少なくないと言われる。そうした港湾に巨大な艦隊が入港すれば事実上民間の利用は極めて制限されてしまうことになる。食料の多くを輸入に頼る日本では港からの食料輸入が途絶することにもなりかねない。もちろん、その他の輸出入にも重大な影響が出る。空港の場合は、深刻な騒音問題も発生する。現に、運輸省文書が米軍の民間空港使用で「調整」を要する事項として、「騒音対策に関し制約がある場合には、周辺住民の合意」「民間機の減便が必要となる場合には、その航空会社との調整」「安全対策上必要な特定空域の確保、要員の配置等」をあげている。
       裏返せば自治体の港湾・空港の管理はこのような広範な影響を及ぼすものであるから、その権限を奪うことは住民生活に直結する重大問題である(国民生活に対する影響はあらためて後に詳述する)。

    2. 道路の管理権剥奪
       新ガイドラインでは、「米軍の活動に対する日本の支援」として、「人員・物資(兵員・武器・弾薬を含む)及び燃料・油脂・潤滑油」「傷病者の輸送」が、重要項目としてあげられている。また、「被災地への人員および補給品の輸送」「非戦闘員の集結・輸送」の活動も重視されている。
       前述の第2次中間報告では損傷した道路等を滞りなく通行できるための道路法の特例措置がないことが報告されている。自民党安保調査会の「法整備に向けて」も第2分類の法制上の問題点について「政府においては、立法化に向けた努力を行うべきである。」としている。
       道路法では都道府県道の管理は都道府県が、市町村道の管理は市町村が行うこととされている(道路法15条、16条1項)。道路管理権の具体的内容は道路の新設、改築、維持、修繕、災害復旧などである。24条は道路管理者以外の者が道路の工事や維持を行う場合には工事の設計および実施計画について管理者の承認を要するとしている。43条は道路に関する禁止行為を定める。また46条では管理者は交通が危険である場合などに道路の通行を禁止しまたは制限することができることを定める。また43条の2では、車両積載物が落下のおそれがあり道路の構造や交通に支障を及ぼすおそれがある場合に予防措置を命ずることができる。
       過去に自治体の道路管理権と米軍の行動が衝突した例として1972年の米軍相模原補給厰からの戦車輸送阻止闘争がある。ベトナム侵略戦争に送られる戦車が米軍の相模原補給厰から港まで運ばれていたが、それを積んだトレーラーが当時の車両制限令に違反していることが判明した。横浜市は「戦車は車両制限令の重量を超過しており、市道通過は違法」と主張し、当時の市長も「法律違反の戦車輸送は絶対に認められない」と訴えた。戦車輸送阻止闘争が繰り広げられ数カ月にわたり輸送が阻止されたのであった。これは、道路法47条2項が車両制限令に違反する車両の通行を禁止しており、道路法47条の2第1項は、前記車両の通行には申請に基づいて自治体が条件を付して許可できることが定められているところ、申請がないことから、上記のような自治体の姿勢となったものである。
       このように自治体の姿勢は道路管理権についても周辺事態に大きくかかわることが予想される。
       第2次中間報告では「道路、橋が損傷している場合に、部隊の移動、物資の輸送のためその道路等を応急補修し、通行しなければならないことが考えられるが、この場合『道路法』上、部隊自らがその補修を行うことができないことがある。したがって、部隊自らが応急補修を行うことを含めて、損傷した道路等を滞りなく通行できるよう『道路法』に関して特例措置が必要であると考えられる。」と述べている。
       米軍のための日本国内での輸送を確保するためには、単に応急補修にとどまらず、道路管理権を自治体から奪い、自治体による道路の通行禁止や制限を不可能にしたり、米軍活動支援の必要性から国によって生活道路などが通行禁止とされたり、自治体の承認なく工事を行い、さらには米軍支援行動に沿った道路の新設や改造などができるようにすることが検討されている。

    3. 地方自治体病院
       新ガイドラインでは、米軍の活動に対する日本の後方地域支援として、「日本国内における傷病者の治療」をあげている。そして、緊急事態時に、諸施設を医療用として政府が強制的に使用するための法的措置が検討されていると報じられている。
       医療機関では国立病院の動員とともに地方自治体病院の動員が問題となりうる。医療法31条は都道府県、市町村が公的医療機関を開設することを認め、同法35条1項は厚生大臣または知事が公的医療機関の開設者または管理者に対し医療業務に差し支えないかぎり、建物の一部などを公的医療機関に勤務しない医師などの診療または研究のため利用させること、臨床研修の必要な条件整備を命ずることができるとする。同条2項では厚生大臣または知事は運営に関して必要な指示をすることができるとする。すなわち、同条1項に規定しない事項は厚生大臣ができるのは指示の範囲にとどまることになる。  医師には診療義務があるが(医師法19条)、診療義務と異なる国家による医師や看護婦の動員、医療機関の利用などについては従う義務はなく病院や自治体の自主的対応も考えうる。そこで、その強制使用のための法的措置が問題となる。過去に朝鮮戦争に際して、国連軍を構成した英連邦日本占領軍が広島で一軒の民家を病院に転用したり、外科医師と看護婦が不足したためイギリスやオーストラリアから緊急に集めるという状況が生じた(山崎静雄『こわい新「ガイドライン」の話』本の泉社、214ページ)。米国は朝鮮半島有事での米軍人・韓国軍人など約12万人の死傷者を想定し重傷米兵約1000名の手術・治療を日本の病院で行うよう要求している(東京新聞97年12月1日)。
       こうしたことから自治省では自治体病院の有事使用を検討対象としている。これは命を救う医療が命を奪う戦争にかりたてられるだけでなく、自治体の権限剥奪という点からも重要な問題である。

    4. その他の自治体の権限の剥奪
       第2次中間報告では多くの自治体の権限に関係する項目が取り上げられている。
       河川法10条では2級河川の管理は知事が行うこととなっており、土地占用(24条)、土石等の採取(25条)、工作物の新築等(26条)、土地の掘削等(27条)には管理者の許可が必要である。河川保全区域や河川予定地における土木掘削などの一定の行為についても管理者の許可が必要である(55条、57条)(国が行う事業については協議の成立を許可又は承認とみなす。95条)。
       森林法34条では保安林の伐採には知事の許可が必要であり、同法10条では民有林であっても知事に対する届出の提出を義務づけている。
       自然公園法17条は国定公園の特別地域について、18条は国定公園の特別保護区について、18条の2は国定公園の海中公園地区について、一定の行為は知事の許可を必要とし、20条は国立公園、国定公園の普通地域について一定の行為は知事への届出を必要としている(国の機関が行う行為については許可に関しては協議によって足りるとする。40条)。また各自治体は都道府県立公園について条例による規制を行わうことができる(42条)。
       海岸法5条は海岸保全区域の管理は知事が行うこととし、海岸保全区域の占用は管理者の許可を要し(7条)、土石採取など一定の行為について管理者の許可を必要としている(8条)(国が行為をする場合は協議で足りるとする10条の規定は例外)。
       墓地、埋葬等に関する法律5条は埋葬、火葬、改葬に市町村長の許可を必要とする。
       これらの法律に基づく自治体権限の剥奪も問題となろう。
       また、新ガイドラインでは、米軍の活動に対する日本の後方地域支援として、「米軍施設・区域内における汚水処理、給水、給電等」をあげている。水道法6条は水道事業の経営主体は原則として市町村であると定める。下水道法は下水道の管理者を市町村(公共下水道・3条1項、都市下水路26条1項)、都道府県(流域下水道、25条の2第1項)と定め、公共下水道管理者は終末処理場の維持管理をしなければならない(21条2項。25条の10により流域下水道に準用)とする。もちろん、水道事業者には給水義務がある(水道法15条)が、地方自治体の管理権などと「後方支援」が矛盾を来すことも考えられる。そこで、地方自治体の権限の剥奪が検討される可能性がある。だが、これは住民の安全と福祉を損なう点で住民自治の侵害であり、自治体の自主性を損なう点で団体自治の侵害という地方自治の侵害を侵すものである。
       このほか、地方自治体の活動は住民生活と広範かつ密接に関連しているのであり、周辺事態の名のもとにこれらの権限の剥奪、制限が行われれば住民生活に甚大な影響が出ることは必至である。

  4. 機関委任事務と行政訴訟
     新ガイドラインでは「日米安全保障条約及びその関連取り極めに基づき、日本は、必要に応じ、新たな施設・区域の提供を適時かつ適切に行う」とうたっている。
     代理署名・公告縦覧を大田知事が拒否したために職務執行命令訴訟が起こされたことから機関委任事務の見直しがされている。97年4月の米軍用地特措法改悪に続いて、特措法の土地強制使用事務を自治体から奪う内容の地方分権推進委員会の第3次勧告が97年9月2日に出された。この勧告は、土地物件調書への署名押印、裁決申請書の公告・縦覧、土地引渡の代執行などの事務を知事から取り上げて国の直接執行としようとするものである。これらはこれまで自治体の首長が代行してきたものである。さらに、緊急裁決期間が過ぎた場合や収用委員会が却下の裁決をした場合に、首相が代わって使用・収用の裁決ができるとしており、収用委員会は全く形式的なものにされてしまうことになる。
     地方分権の名のもとに自治体権限を奪って米軍活動支援、参戦体制を敷くための法整備が企まれようとしている。一方で、自治体が「平時」の段階から米軍活動支援・参戦業務を押しつけられようとしているのである。

3 自治体労働者への影響

 このような「有事立法」ができた場合、自治体労働者はそれに動員されることになる。自治体労働者がこれを拒否すれば懲戒処分の対象にされることになる。現に、自治省は自治体職員の動員を検討対象としているといわれている。
 もっとも、有事立法が制定される以前であっても、自治体が自ら米軍支援業務を引き受けた場合、自治体労働者を動員をさせる事態が発生している。重大問題である。97年後半の新ガイドライン締結の前後から各地の民間港に米軍艦が入港しているが、そこでは自治体労働者が駆り出されている。小樽港では空母に水を補給するため市の職員が深夜まで作業に従事した例が報道されている。有事立法はこのような状態をさらに押し進めることになるであろう。
 また、自治体労働者はさまざまな有事法制によって民間動員を強制する役割を担わされるであろう。国民の人権を奪う有事立法が制定され、それが実際に実施されることになった場合、直接国民に対して公権力の行使に赴かされるのは自治体労働者となる可能性がある。自治体労働者が国民を米軍支援・参戦体制に組み込む片棒担ぎをさせられることになるのである。
 それだけではなく、自治体労働者自身が戦場への派遣を強制されることも考えられる。すでにPKO法によって自治体病院の医師・看護婦や土木・水道・選挙事務などの労働者が派遣されている。PKO法11条2項には隊員の採用には自治体の協力を得て人材の確保に努めることが規定されている。PKO法は紛争発生前から海外派兵を認める方向での「改正」が検討されており、それと合わせて自治体の協力範囲が広がる危険がある。それにとどまらず、後方支援の名目で自治体労働者が海外へ動員されることも起こりうることである。

4 町づくりとの関連

 沖縄では基地の存在が町づくり、振興に重圧となっている。これはその他の基地を抱える自治体でも同じである。
 米軍活動支援・参戦体制業務が自治体に押しつけられれば、そのために人員も予算もとられることになる。米軍活動支援・参戦体制業務による住民の被害に対して自治体としても対応をせざるをえなくなる。そして、自治体本来の業務が十分行えなくなるという結果になる。
 住民本位の町づくりという観点からも有事立法を阻止しなければならない。

第4  情報・マスコミ統制、機密保護立法

1 新ガイドラインと情報統制

  1. 戦争に関する情報統制と情報操作
     新ガイドラインは、「アジア、太平洋地域」を含むアメリカの世界的な軍事行動に日本を総動員するものである。その総動員体制を構築する上で、情報を統制することは不可避である。戦争を行うためには、国民の目と耳をふさぎ、見せない、聞かせない、そして、ものを言う自由を奪うことが行われていくのである。
     戦争に関して情報統制や情報操作が行われることは、戦前の「大本営発表」の例を持ち出すまでもない。「湾岸戦争」(91年)でアメリカが行った情報統制・情報操作は有名である。
     湾岸戦争の際、日本のマスコミでも報道された「油まみれの水鳥」の映像は象徴的である。この映像は91年の2月上旬から放映されていたが、ペルシャ湾に流出した原油の帯が湾岸に逢着したのは、実際には戦闘停止をブッシュ大統領が命じた後の3月になってからのことであった。油まみれの水鳥の映像は、フセインを悪の権化と描きだすための武器として絶大な効果を挙げたのである。
     元アメリカ司法長官のラムゼイ・クラーク氏は、湾岸戦争におけるアメリカ政府による情報操作について、「ブッシュ大統領は、みずからの軍事的政治的目標のためのプロパガンダとして、報道機関およびメディアの報道を意図的に操作し、統制し、指導し、制限し、誤った情報を提供した。」と告発をしている。そのなかで、報道機関がすべての情報をペンタゴンから入手するか、ペンタゴンの許可を得て流していたこと、これとは違った情報や反対の見解が聞かれないように防止されていたこと、その結果「アメリカ国民およびその民主主義的な制度は、健全な判断に不可欠な情報が欠けており、深い関心にもかかわらず、もっぱら新植民地主義的介入と侵略戦争を支持するように、型にはめられた」と指摘している。この政府の行動は、言論・表現の自由、政府批判の権利を保障したアメリカ憲法修正第1条に違反するものであった(『アメリカの戦争犯罪』)。
     日本でも、多くの国民の反対を押し切って自衛隊の掃海艇がペルシャ湾にむかったとき、その航路や寄港地についての情報は国家機密として国民の目から隠された。
     また、93年5月に発生したカンボジアのポルポト軍による高田警部補殺害事件では、邦人警察官が警護活動をしていた実態が隠蔽された。無抵抗の文民警察官が犠牲になったことを強調する論調がマスコミで流されたのである。

  2. 情報活動とその保全
     旧ガイドラインでも重視されていたが、新ガイドラインでは、周辺事態における協力として、随所に「情報交換」が盛り込まれている。例えば、「捜索・救難」や「経済制裁の実効性を確保するため」の「情報交換」、日本の後方地域支援として「警備」に関する「情報交換」、運用面における日米協力として「警戒監視」や「機雷除去」に関する「情報交換」がうたわれている。「周辺事態」が予想される場合、航空自衛隊の早期警戒機E2Cや海上自衛隊の哨戒機P3Cによる警戒監視活動、AWACSによる情報活動が強化され、日本側からえた情報にもとづき米軍が軍事行動を行う。また、米軍の情報に基づき、日本側が活動することになる。現に、1996年3月の中台危機の際には、米軍が台湾海域に空母を出動させたが、日本からの情報も、米軍に提供されている。
     また、新ガイドラインでは、日本に対する武力攻撃がなされた場合として、作戦に係る諸活動及びそれに必要な事項として、情報活動が挙げられている。
     日米が効果的な作戦を共同して実施するため、情報活動−情報の要求、収集、処理及び配布についての調整−について協力する旨がうたわれているが、「その際、日米両国政府は、共有した情報の保全に関し各々責任を負う」とされている。
     このように、日米が協力する軍事行動において、「情報の保全」を含む情報活動が新ガイドラインでいかに重要視されているかが示されている。
     これまで、有事法制研究を通じて情報統制などの問題が検討されてきたが、新ガイドラインにもとづき、日米共同の軍事行動が展開されれば、軍事行動に伴う情報の統制が行われ、国家機密法などそのための立法が制定される危険は十分あるといえよう。これらの点については、その歴史的経過も含めて後に詳述する。

  3. 通信のための周波数の確保等
     新ガイドラインでは、米軍の活動に対する日本の後方地域支援として、「日米両国の関係機関の間の通信のための周波数(衛星通信用を含む)の確保及び器材の提供」をあげている。前述したような日米での様々な情報交換のためにも、通信活動を優先的に活用できるようにしようとするものである。
     このような通信に関する後方支援活動により、日米がまさに一体として軍事活動を展開することになる。さらに、この通信活動を展開するために、通信の妨害等に対する特別な処罰規定はもとより、このような通信活動の障害となるような通信活動の制限など特別な立法も十分考えられる。国民の表現の自由や知る権利を不当に制限することにもなりかねないのである。
 

2 有事法制における情報統制の歴史的経過

  1. 軍機保護法と治安維持法
     戦争をするためには必ず情報統制をし、国民の知る権利を奪うことは不可避である。戦前の情報統制の経験を見てもそれは明らかである。
     最高懲役15年であった「軍機保護法」の内容が拡張され死刑が導入されたのは1937年(昭和12年)であったが、この年は、1931年(昭和6年)以来中国東北部(旧満州)で侵略戦争をつづけていた日本軍が「支那事変」をおこし、中国全土へ侵略を拡大していった年である。この「支那事変」開始のわずか1か月後に「軍機保護法」の全面改悪が行われている。
     その2年後の1939年(昭和14年)には「軍用資源秘密保護法」が制定・公布され、1941年3月には「国防保安法」が制定・公布された。この「国防保安法」は、軍事機密だけでなく、外交、経済、財政その他いっさいの事項に対象を拡大した死刑法で、秘密保護法制の極限といえるものであった。そしてこの時期は、真珠湾への奇襲攻撃、東南アジアへの侵攻によって太平洋戦争が開始された直前であった。
     これらに先んじて1925年には「治安維持法」が制定されていたが、「治安維持法」は思想の自由、言論・表現の自由を全面的に抑圧するものであった。この「治安維持法」を頂点とし、出版法、新聞紙法などが網の目のように張りめぐらされており国民の基本的人権を侵害する権力的支配体制のもとで、侵略戦争が準備され遂行されていったことを忘れられてはならない。

  2. 三矢研究(昭和38年、1963年)
      「三矢研究」の「非常事態措置諸法令の研究」では、研究項目ごとに、現行法令と大東亜戦争間の法令があげられている。「一国家総動員対策の確立(一)戦力の増強達成 1人的動員」では、「6)国民世論の善導」が研究事項として掲げられているが、大東亜戦争間での法令として「敵側思想謀略確保方策及び対敵宣伝方策、本土決戦対策指導方策要綱」があげられている。
     また、「三自衛隊行動基礎の達成(二)自衛隊の行動を容易ならしめるための施策6防衛保護」では、「1)国防秘密の保護 2)軍事秘密の保護」があげられ、戦前の国防保安法、軍機保護法が参考とされ、秘密保護のために「6)特別情報庁の設置」が検討されている。
     この他、「10交通・通信6)通信」の項目では、「電波発射統制」が検討対象とされ、「11気象業務等1)気象官署の統制」では、「防諜のため気象放送等の管理」が問題とされ、戦前の軍用資源秘密保護法が参考とされている。

  3. 有事立法「研究要綱」(1966年)
     この時は、「わが国の防衛上の秘密を保護するため、国家防衛秘密の範囲を定め、所要の罰則を定める」とし、「防衛秘密」の保護を口実に、「国家秘密保護法」を制定しようとしている。これにより、言論、報道の自由は罰則をともなって大き く制限され、太平洋戦争中の大本営発表の再現につながる。
     また、「(自衛隊)警務官の権限強化=出動命令があった場合、警務官等は、秘密保護法に規定する犯罪について、被疑者が隊員以外の者であっても、司法職員として職務を行うことができるようにする」ことがもくろまれ、自衛隊・軍隊が秘密保護をたてに一般国民をも対象に司法権の行使=逮捕、拘留、取調べまでも行おうとするものである。旧軍の憲兵隊の事実上の復活である。

  4. 78年からの有事立法研究
     この有事立法研究の中では、自衛隊が用意しているとされる戒厳規定として、新聞・放送等の停止・禁止、郵便・通信の検閲、通信の停止・統制、通信・放送等に従事する者に対する従事命令があげられている。
     85年8月24日読売新聞によれば、「有事立法研究」の第3分類(所管省庁が明確でない事項に関する法令)に関する防衛庁の研究では、報道統制が検討対象になっている。これは不採用になったと伝えられているが、同第3分類として問題提起が予定されているものの中には、「作戦行動に直接関係する」事項として、「電波使用の規制」や「気象情報管制」など情報流通にかかわる規制が盛り込まれている。

3 国家秘密法制定の策動

 1978年11月に「日米防衛協力のための指針」(旧ガイドライン)が合意されているが、その直後の79年2月に国際勝共連合や自民党議員らが中心となって「スパイ防止法制定促進国民会議」が制定運動を開始した。84年12月に旧ガイドラインに基づき「日米共同作戦計画」が調印された半年後に国家秘密法案(「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」)が国会に上程された。
 この法案は、第一条(目的)で、「この法律は、外国のために国家秘密を探知し、又は収集し、これを外国に通報する等のスパイ行為等を防止することにより、我が国の安全に資することを目的とする。」とし、第二条では「国家秘密」について、「防衛及び外交に関する別表に掲げる事項並びにこれらの事項に係る文書、図画又は物件で、我が国の防衛上秘匿することを要し、かつ公になっていないものをいう。」としている。
 法案で掲げられた「国家秘密」には、「一 防衛のための態勢等に関する事項」として「防衛のための態勢、能力若しくは行動に関する構想、方針若しくは計画又はその実施の状況」「自衛隊の部隊の編成又は装備」「自衛隊の部隊の輸送、通信の内容又は暗号」などがあげられている。また、「二 自衛隊の任務の遂行に必要な装備品及び資材に関する事項」として「艦船、航空機、武器、弾薬、通信器材、電波器材その他の装備品及び資材の構造、性能・・」、「三 外交に関する事項」として「外交上の方針」「外交交渉の内容」などが含まれている。これは、外交・防衛問題についての取材・報道が著しく制限され、国民の知る権利を奪う内容となっていた。現に、「核抜き本土並」と宣伝された沖縄返還交渉に際して、核兵器の持ち込みを容認する秘密協定が存在したにもかかわらず、これが国民に隠されていたことが明らかにされている(若泉敬「他策ナカリシヲ信ゼント欲ス」)。このような日本の平和や国民生活にかかわる重大な問題が「国家秘密」の名のもとに国民に隠されるのであり、それが刑罰により国民の知る権利をいっそう侵害しようというのが国家秘密法であった。
 また、燃料・食料など生活必需品に至るまで軍事物資に関する情報、軍事物資兵器関連の部品下請業者やそこで働く労働者の知りえた情報、気象情報に至るまで国家秘密の対象となり、日常の会話まで処罰の対象とされることになる。マスコミの活動、知る権利はもとより、一般国民の言論・表現の自由すらないがしろにされるのである。
 さらに、国民に刑罰を課す場合は、なにが犯罪行為とされるのかが法律に明確に規定され、国民の前に明らかにされていなければならないが(罪刑法定主義)、この法案では、「国家秘密」は広範かつ無限定で、国家秘密保護の名目で国民に死刑を含む重罰を課するものであった。
 この国家秘密法案は、85年12月、国民各層の批判が大きく高まる中で、廃案となった。
 しかし、新ガイドラインのもとで作られようとしている有事立法とあわせて、国民の知る権利を奪う情報統制が行われてくることは間違いない。そのために国家秘密法が再び準備される危険はきわめて大である。
 今日、政府は、暴力団犯罪などへの対策を理由に、盗聴法を制定しようとしている(逮捕監禁罪などへの適用)。それ自体、通信の秘密、プライバシーや適正手続きの保障など基本的人権を侵害するものである。しかも、それが機密保護法などの有事法制と結びつけば、いっそう国民の人権抑圧の手段となる。

第5  新ガイドライン・有事立法と国民生活

 米軍の軍事活動、自衛隊との共同、後方支援活動などのために行政・民間の業務が優先され、国民生活についてさまざまな障害が生ずる。

1 米航空機・船舶による民間港・空港などの使用

 新ガイドラインでは、補給等を目的として、民間の空港・港湾を米軍に提供し、米軍の航空機や船舶が使用することになる。また、米軍による人員や物資の積み卸しに必要な場所や保管施設も提供される。ここでは燃料や油・水など様々な物資の提供もされることとなる。
 これらを実施するために、前述のように自治体の管理権なども無視して、港湾・空港を米軍に提供することが予想される。管理者が革新市長の那覇市長であり、現に、軍艦の入港を拒否している那覇港のような場合でも、米軍の優先使用を義務づけ、あるいは特定の場合に政府が自治体の管理権を奪う立法を策定することが予想される。米軍が空港や港湾を優先して使用する事態となれば、国民生活・権利との関係で、以下のような問題が生ずる。
 第1に、空港や港湾の利用が著しく制限され、あるいは全面使用できなくなる事態が発生する。すでに、97年8月米政府は、候補として新千歳、関西、福岡、長崎などの空港と、函館、苫小牧、新潟、神戸、博多、那覇などの港湾を使用の対象として、日本側に提示したという。もちろん、いざとなれば、他も対象となりうる。しかし、実際現在でも、多くの空港や港湾はラッシュ状態である。例えば、福岡空港でも、年間10万回もの離発着があり、そのほとんどが計器飛行というなかで、有視界飛行でパイロットの判断で行動する米軍機が使用した場合には、管制指示すら無視される危険が大である。しかも、米軍が使用するとなれば、米軍の部隊や物資の輸送のために、数百の輸送機などでの空輸が予想される。1機や2機の離発着ではないのである。船舶の運行を統制し、あるいは航空交通を管制する権限について、米軍の運行を優先させることになるのであるから、米軍機が使用するとなれば、空港は、そのために閉鎖される事態となりうる。
 したがって、民間の航空便や船便が1定期間欠航となるなど、国民の国内外への移動、貨物の輸送なども、重大な支障をきたすことは必至である。
 しかも、空港、港湾を利用する米軍機、艦船により、その周辺の空域、水域も、事実上米軍に独占される事態となり、民間航空機の飛行や船舶の航行に著しい障害が生ずる。交通の危険な事態は、その空域や水域までも及ぶばかりか、それを回避するために、輸送の遅れなど様々な支障が生ずることとなる。米軍の訓練・演習のために空域・水域が使用される場合(後述)と同様の状態が生ずる。
 第2に、米軍の使用は、物資の保管施設などにも及び、航空機や艦船に必要な水の供給なども伴う。
 民間の空港・港湾を使用する米軍の航空機や艦船にも、武器・弾薬が装備・輸送されており、その積み卸しや保管・輸送を伴うこととなる。そこには有毒ガスなどの有害化学物質も含まれる。これらの危険物はノーチェックである。火薬取締法などの制限の例外として、扱われることになる。空港・港湾の民間の利用と平行して米軍が使用する場合でも、このような危険と隣り合わせとなる。
 また、米軍関係の航空機や艦船に対する整備、水の供給や汚水の処理などが優先され、民間の利用に重大な支障を来すことになる。
 第3に、米軍の使用は、24時間体制で行われ、民間空港や港湾の運用時間も延長されるばかりでなく、特に米軍機による激しい騒音被害が生ずる。いまでも、米軍基地周辺では、昼夜を問わない航空機騒音公害で苦しむ多数の住民が被害を訴え、横田や嘉手納、厚木基地の周辺住民が裁判をたたかっている。「有事」の使用となれば、他の空港でも米軍機による騒音被害は激しいものとなる。
すでに航空機騒音公害について、裁判所で平穏に生活する権利が確認されているけれども、これら国民の基本的な権利すら無視されることとなる。  第4に、米軍機や米艦船が、物資補給などのために使用する空港・港湾は、相手国から見れば、最も重要な攻撃目標になる。空港や港湾が攻撃目標となれば、そこで利用している民間の船舶や航空機も、非常に危険な状態に置かれることとなる。

2 武器弾薬を含む危険物資の輸送

 米軍の武器・弾薬や有毒ガスなどを含む様々な危険物資の輸送についても、陸上・海上・航空それぞれについて、後方地域支援活動として日本が担当することとなる。有事立法により、このような輸送活動が民間業者にも強制され、あるいは武器弾薬などに関する規制、例えば火薬類の規制も排除されることとなる。現行法のもとでは、火薬類を運搬するには、都道府県公安委員会へ届出て運搬の日時・通路・方法及び積載方法まで指示を受け、運搬証明書を携帯しなければならない(火薬取締法19条、20条)。また、鉄道では、火薬類の鉄道輸送を拒否することができる(鉄道営業法5条)。その他厳格な基準で製造・貯蔵・移動が規制されている高圧ガス取締法などを含め、国民の命と健康、安全を確保するための様々な規制が存在する。これらが、いずれも適用除外とされることになる。
 これらの輸送では、高速道路や鉄道、港湾内、空港で一般国民の旅客の輸送や貨物輸送と競合して行われることとなる。昨年、日米合同演習が行われた日出生台などへの輸送に際して、武器・弾薬などを含む危険物はノーチェクで福岡空港経由で輸送されていた。97年11月4日から行われた新潟県関山での日米合同演習に際しては横田基地から関越自動車道を利用して長野経由で海兵隊の部隊が移動している。
 特に、一般道路上での他の車両との交通事故や港湾内での海事事故が発生した場合には、重大な被害が発生する。過去に、立川駅構内でジェット燃料の輸送列車が暴走・炎上し、沿線の商店14店舗が消失した事故(昭和39年1月)などが発生している。これら危険物質の運搬は、周辺への大きな被害へと波及する危険が大である。

3 訓練・演習区域の提供

 日本は、米軍の訓練や演習のために、空域、海域を提供することとなっている。
 そのために、交通が遮断され、あるいは迂回しなければならない事態が発生する。現在でも、沖縄の空域や海域が広く米軍に提供されているために、民間交通が危険にさらされている。特に、那覇空港に離発着する航空機は、低空での飛行を余儀なくされておりその危険性が顕著である。
 そのような事態が全国各地で生ずることとなるのである。
 また、漁業関係者の操業にも、重大な影響を与える。現に、97年11月6日から行われた日本周辺海域での日米共同海上訓練では、具体的な海域や海図などが明らかにされず、秋田沖でハタハタなど底引き網漁を行っていた漁業関係者の操業に重大な影響を与えているのである。

4 衛生・傷病者の治療等

 日本は、米軍の後方支援活動として、日本国内で傷病者の治療・輸送を担当し、医薬品及び衛生機具を提供することとなる。
 現実には、国立病院以外でも、民間の医療施設(ベッド・治療検査器具)・医薬品などの提供が義務づけられることとなる。
 朝鮮戦争やベトナム戦争では、米軍基地内に野戦病院が設置され、傷病兵の治療が実施された。朝鮮戦争の時には、日本赤十字社により九州各地の国立病院などに勤務する看護婦を集め、米軍の治療にあたらせたという。
 すでに、米国は、朝鮮半島有事を想定して、重傷の米兵約1000名を日本の病院で手術や治療できるようしているという(琉球新報97/12/7)。これらを優先的に実施するために、医療施設を強制使用する法的措置を検討する方向も提示されている(自民党安全保障調査会「ガイドラインの見直しと新たな法整備に向けて」)。
 「国及び地方公共団体は」「国民に対し、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制を確保されるよう努め」る義務を負担している(医療法1条の3)。結局、米軍のために医療行為・施設提供が優先されて、このように国民の医療を受ける権利が侵害されるおそれがある。
 他方、多数の兵員が出入国することになるが、検疫など特別な扱いがされることになり、日本国内の保健・衛生上の問題が発生する。

5 警備活動など

日本は、米軍施設・区域の警備や周辺海域の警戒監視、輸送系路上の警備を担当することとなっている。
 そのため、警察の活動が住民に対してきわめて厳重に行われることとなる。職務質問や所持品検査など頻繁に行われ、プライバシーの侵害も多発することとなる。さらに、米軍の活動する周辺地域で、警備を担当する警察などが公民館などの公的施設を優先利用する事態も発生する。このような事態は、97年9月におこなわれた矢臼別演習所での米海兵隊実弾砲撃演習で現実化している。

6 情報の交換、電波周波数の確保

 この点については、情報統制、マスコミの規制、電波通信機器の規制など国民の知る権利や表現の自由が侵害される事態となる。  詳細は、前項ですでに述べたとおりである。

第6  自衛隊の海外派兵と活動

1 浮上する自衛隊法「改正」案

 新ガイドラインは、「周辺事態への対応」のなかで、(1)日米両国政府が各々主体的に行う活動における協力として、(ロ)捜索・救難、(ハ)非戦闘員を退避させるための活動、(ニ)国際の平和と安定の維持を目的とする経済制裁の実効性を確保するための活動をあげている。(2)米軍の活動に対する日本の支援として、(ロ)後方地域支援等をあげている。
 これらは、ことがらの性格上、いずれも自衛隊の海外での活動を拡大する有事立法を当然に予定している。すでに引用した1998年1月7日付読売新聞の記事に続いて、同月9日付朝日新聞は、「(政府は)法制整備は最小限にとどめ、米兵らの捜索・救難・非戦闘員の救出・国連決議に基づく船舶検査(臨検)・・を実施するため、自衛隊法などを改正する方針だ。米国との間ではすでに、日米物品役務相互提供協定(ACSA)を周辺有事にも適用できるように検討を始めた」と、政府が自衛隊の海外での活動を拡大する有事立法の国会提出の準備をすすめていることを報道している。
 その後の報道でも、自衛隊の海外での活動を拡大する有事立法を、新ガイドライン下での「周辺有事立法」の最初の突破口のひとつにしようとしていることが伝えられている。以下、その危険性を解明する。

2 「捜索・救難」のための自衛隊法「改正」

 新ガイドラインは、「日米両国政府は、捜索・救難活動について協力する。日本は、日本領域及び戦闘行動が行われている地域とは一線を画される日本の周囲の海域において捜索・救難活動を実施する」と規定している。
 防衛庁は、「捜索・救難」に関して、同庁が96年4月11日に自民党安保調査会に提出した「『極東有事への対応』について」と題する文書のなかで、「遭難した米軍兵員等の捜索・救難」のために、自衛隊を「天災地変その他の災害」に派遣することを定める自衛隊法第83条を適用できないかを検討していることを明らかにしている。自衛隊法第83条の文言からかけはなれた、あまりにも無理な拡大解釈である。1998年1月9日付朝日新聞の前記報道によると、政府は、現在は正面きって自衛隊法の「改正」を準備しているとのことである。
 米兵の「捜索・救難」とは、相手国から攻撃を受け被弾した米軍機が不時着した場合や、戦闘中の艦艇から米兵が海に落ちた場合に、自衛隊がその米兵を救出する活動である。しかし、救出された米兵は、再び相手国の攻撃に参加することになるのであり、相手国から見れば自衛隊の「捜索・救難」活動は敵対的軍事活動そのものである。
 また、「戦闘行動が行われている地域とは一線を画される日本の周囲の海域」ということは、逆に、自衛隊が極めて広い地域で米兵の救出活動をおこなうということであり、「捜索・救難」活動が軍事活動であることを否定する根拠にはならない。

3 「非戦闘員を退避させるための活動」のための自衛隊法「改正」

 新ガイドラインの「非戦闘員を退避させるための活動」に関して、「在外邦人の艦船による輸送」等の自衛隊法の「改正」が検討されている。
 自衛隊法第100条の8は、「輸送の安全が確保されていると認めるときは」、航空機で邦人等の輸送を行うことができると定めている。政府は、カンボジアの「邦人輸送」の「準備行為」と称して、7月12日に右の自衛隊法上の要件を満たしていないのにタイへの自衛隊機の派遣を強行した。政府・自民党は、これを契機に、より自由に自衛隊機を海外の紛争地に派遣できるようにするために、右の「安全確保」の要件を削除することを主張しだしている。
 自民党安保調査会提言は、「在外邦人等の輸送のため自衛隊艦船を使用したり、派遣先空港等における安全確保のための自衛措置等を認める」自衛隊法の「改正」を検討することを提言している。自衛隊艦船は、輸送艦でも3インチ砲等を備えて武装している。また、輸送艦を護衛するためと称して、護衛艦をも海外派遣することになりかねない。「安全確保のための自衛措置」とは、武力の行使にほかならない。

4 船舶の臨検をするための自衛隊法「改正」

 新ガイドラインの「国際の平和と安定の維持を目的とする経済制裁の実効性を確保するための活動」に関して、自衛隊の艦艇や海上保安庁の巡視船などが船舶の臨検(海上検査)ができるように、自衛隊法の「改正」や海上保安庁法の「改正」が検討されている。
 臨検では、停戦命令に従わない船舶に対して、海上封鎖ラインについている自衛艦や巡視船が機銃や機関砲で船舶の前方やマストへの威嚇射撃をし、攻撃ヘリが行く手をはばんで船舶の甲板に強行着陸し、取り調べをすることになる。
 新ガイドラインは、「そのような協力には、国際連合安全保障理事会決議に基づく船舶の検査に際しての協力が含まれる」としており、この文言では船舶の臨検を国連安保理決議があった場合に限定しているとは読めない。仮に、国連安保理決議がある場合でも、臨検は、憲法第9条に違反する武力の行使や武力による威嚇であることにかわりはない。

5 日米物品役務相互提供協定の「改正」=有事版ACSAの制定

 96年6月に成立した現行日米物品役務相互提供協定(ACSA)は、自衛隊と米軍の間で、共同訓練、国際連合平和維持活動、人道的国際救援活動に必要な物品・役務を相互に提供しあうことを定めている。提供しあう物品・役務は、食料、・水、・宿泊、・輸送、・燃料・油脂、潤滑油、被服、通信、衛生業務、基地支援、・保管、施設の利用、訓練業務、部品・構成品、修理・整備、空港・港湾業務である。この「輸送」は武器・弾薬・兵員の輸送を含み、この「部品・構成品」は武器部品・構成品を含んでいる。
 現行のACSAは、米軍が戦闘中である場合でも、日米共同訓練の名目で自衛隊が米軍に燃料等の物品や修理・整備等の役務を提供することができ、実質的に後方支援活動を行うことも不可能ではないと解されている。ところが、現在準備されているのは、現に戦闘をおこなっている米軍に対し、正面きって、物品・役務を提供する後方地域支援活動をおこなうことができるように、有事版ACSAに「改定」しようということである。
 自衛隊に戦闘中の米軍支援を公然と認める、よりいっそうの改悪である。

6 自衛隊法の立法趣旨も逸脱する改悪

 以上の自衛隊の海外での活動を拡大する自衛隊法の「改正」は、いずれも、自衛隊の海外での「武力による威嚇」や「武力の行使」を認め、拡大するものであり、これらの放棄を定める憲法第9条1項に違反する改悪である。
 ところで、自衛隊法は、「戦力の不保持」を定める憲法第9条2項に違反する法律であるが、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする」(自衛隊法第3条1項)と、「わが国の防衛」を理由として、合憲のよそおいをとっている。自衛隊の海外での「武力による威嚇」や「武力の行使」を認める自衛隊法の「改正」は、自衛隊法第3条1項に示されている立法趣旨からも明確に逸脱する改悪である。
 政府は、近年、「国際平和協力業務の実施等」(自衛隊法第100条の7)、「在外邦人等の輸送」(同法第100条の8)、「日米物品役務相互提供協定に基づくアメリカ合衆国の軍隊に対する物品又は役務の提供」(同法第100条の9)と、自衛隊法の「第8章雑則」で、自衛隊の海外での武力行使を認める改悪を積み重ねてきた。そして、今また政府は、「雑則」で自衛隊法の改悪を強行しようとしている。このような、「雑則」で改悪を積み重ねるというやり方は、憲法第9条はもとより、自衛隊法の立法趣旨と建て前をもせん脱するものであり、きびしく批判されなければならない。
 他方で、政府は、去る3月13日、PKO法「改正」案を国会に提出した。PKO活動に部隊として参加した自衛官及び海上保安官が武器を使用するのは原則として上官の命令によらなければならないとししている。これは、自衛隊が部隊として組織的に武器を使用すること、すなわち、海外での武力行使を認めるものであり、明らかに憲法違反で、自衛隊法の趣旨をも逸脱する。
 政府は、このように様々な形で、海外派兵をすすめ、海外での武力行使を含む軍事活動を一層拡大しようとしている。