<<目次へ 【意見書】自由法曹団


衆議院比例区の定数削減案を批判する

1999年5月
自 由 法 曹 団


目   次

はじめに
T 国民主権と選挙制度
  1. 国民主権の原理と選挙制度
  2. 委員会制度と議員定数
U 現行制度の問題点は96年総選挙で実証済み
V 比例区定数削減案による試算結果
W 「行政改革」と議員定数
  1. 「行政改革」と議員定数
  2. 政党助成の廃止が国民の声
X 国際的にみた議員定数と選挙制度
  1. 国際的にみても少ない日本の国会議員
  2. 国際的にみていちじるしく少ない日本の女性議員数
  3. 小選挙区制の母国イギリスでも選挙制度改革
Y 歴史的にみても少ない議員数
Z ますます民意と国会を引き離す比例区定数削減
別表 アメリカの各州議会議員定数一覧表

はじめに

 1994年に、衆議院選挙に小選挙区300議席、比例代表200議席の並立制が導入され、中選挙区制が廃止された。1996年10月に並立制による選挙がはじめて実施された。導入されてから総選挙実施までの間に、並立制を導入した自民党や新進党、社会党、さきがけなどの議員から、小選挙区制批判の意見が続出した。今では、小選挙区制導入の理由とされた「政策中心の選挙になる」「選挙に金がかからなくなる」「政権交代ができる」という主張を信じる者は誰もいないだろう。それにもかかわらず、96年総選挙の直後から、自民党などから選挙制度の見直しとして比例代表の削減が主張されるようになった。そして、1999年1月に自民党・自由党の連立政権の発足にあたって、比例区を50削減すると合意された。比例区削減の論拠として、今回持ち出されているのが、「行政改革」である。
 これまで国会で選挙制度を論ずるにあたって、憲法の国民主権の原理にもとづいて、いったいどのような選挙制度がふさわしいのかという議論が行われてこなかったように思われる。本意見書は、まず、憲法の国民主権の原理からみて比例区削減をどう考えるかを検討した。さらに、議員数や選挙制度について国際的な比較を行った。

T 国民主権と選挙制度

1 国民主権の原理と選挙制度

 憲法前文は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、……ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」として、国民主権の原理を高らかに宣言した。憲法にいう国民主権とは、普通選挙、平等選挙、直接選挙(憲法第44条、第43条第1項)が原則となった現代における国民主権である。制限選挙のもとで少数のエリートたちに政治をゆだねるべきだとする古典的な国民主権ではない。
 現代的な意味での国民主権の原理では、すべての国民が政治の主人公であり、政治的な決定権をもっている。国民が政治的な決定権をもつのであるから、国民が一同に会して討議し議決する直接民主主義こそが国民主権の原理にかなうものである。しかし、国民が一同に会して政治的意思決定をすることは物理的に不可能であり、議会は直接民主主義の代わりをするものと考えられる。したがって、議会は、国民のなかにある政治的意見の分布を鏡のように反映するものでなければならない。議会構成に民意の分布状態が反映されていなければ、議会を通じて国民の意思が表明されるはずがないからである。
 現代的な意味での国民主権の原理にたてば、選挙制度は、適正に民意を反映する制度、すなわち、比例代表制ないし準比例代表制がふさわしく、いちじるしく民意をゆがめる小選挙区制はふさわしくない。
 93年から94年にかけて、現行の小選挙区比例代表並立制を導入するための「政治改革国会」が行われた。審議の過程で「小選挙区制は民意を反映しない選挙制度」であるとして、その問題点が指摘されていた。小選挙区制は、民意を大政党本位にゆがめ、第一党に実力以上の議席を与え、「虚構の多数」をつくり出すものだという指摘である。
この批判に対して、政府は「民意の反映は、比例代表制で補う」と答弁した。小選挙区制に対する「民意を反映しない」という批判を否定できずに、かろうじて比例代表制を加味することで、議会制民主主義を担保できるというものであった。細川首相は、「国民の政権選択の意思が明確な形で示される小選挙区制の特性と、多様な民意を国政に反映させるという比例代表制の特徴とがあいまって、より健全な議会制民主主義を実現できる」(1993年9月21日所信表明演説)とのべていた。最終的に、「小選挙区300、比例代表200」となったときも、「確かに小選挙区のほうに少しかたよったものになっているわけでございますが、その基本的な並立制の考え方は生かされている」(1994年3月1日衆院政治改革特別委員会答弁)として、「民意を反映」する比例代表が小選挙区制の欠陥を補うことを強調した。現代的な国民主権の原理にもとづく「民意の反映」という憲法上の要請を無視することができなかったのである。今回の比例区定数削減は、並立制に残された憲法上の要請を満たす比例代表制を切り縮めるものである。

2 委員会制度と議員定数

 国会は「国権の最高機関」(憲法第41条)であり、両院議員は「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」(憲法第43条)とされている。全国民を代表する議員で国会を構成するためには、多様な民意を代表できるだけの一定数の議員は欠かせない。
したがって、むしろ、国民の負託に応えた十分な活動ができるように、その機能を充実させることこそ必要である。
 現代の政治は、複雑多岐にわたり、すべての法案や議案を本会議において十分に審議をすることは不可能である。そこで、国会に委員会をもうけ、そこで審議をつくすことにした。国会審議において、委員会は重要な役割を果たしている。現在、国会では委員会中心の国会審議が行われている。常任委員会の種類は、国会法で定められている。衆議院には20の常任委員会があり、ほかに5月1日現在で特別委員会が11ある。各常任委員会の委員数は衆議院規則で定められており、予算委員会が50人と最も多く、懲罰委員会が20人と最も少ないが、ほかの委員会の人数は25人、30人、40人のいずれかである。また、特別委員会の人数は、衆議院規則で、その設置のときに議院の決議でこれを定めるとされている。以上の委員会の数に各委員会の人数を乗ずると衆議院議員の総数をはるかに超える。したがって、議員は一つの委員会に所属しているのではなく、複数の委員会に所属している。各党が、各委員会に委員をバランスよく配置しようと思えば、一定数の議員数が必要なのである。たとえば、第145国会において、委員数30人の法務委員会では、すでに司法制度改革審議会設置法案が委員会審議を終え、その他に審議が予定されている法案は、通信傍受法案(盗聴法案)等組織犯罪対策関連3法案、少年法「改正」案、民法改正案、借地借家法「改正」案(定期借家法案)など多数にのぼる。同国会には、憲法第9条の根幹にかかわる周辺事態法案などの新ガイドライン関連法案が特別委員会において審議された。また、労働法制を根本的に改変する労働者派遣法「改正」案・職業安定法「改正」案が労働委員会において審議されており、国の行政のあり方を抜本的に変える中央省庁再編法案や地方自治の根幹にかかわる地方分権一括法案が審議されようとしている。いずれも、国民の基本的人権と平和に直接にかかわる重要法案であり、委員会においても、国民の多様な民意を反映した政党構成と人数が確保され十分な審議が行われることが求められる。
 国民主権の原理と国会の民主主義的な機能を無視した議員定数削減論は本末転倒である。国会を文字どおり「国権の最高機関」とし、行政権に対する優位を保持させ、国政調査権をはじめその権限を正しく行使させることこそが求められる。

U 現行制度の問題点は96年総選挙で実証済み

並立制によって行われた96年総選挙の結果は、下記の表のとおりである。

  小選挙区 比例代表 合 計
得票率 議席数 議席占有率 得票率 議席数 議席数 議席占有率
自民党 38.6% 169 56.3% 32.8% 70 239 47.8%
新進党 28.0% 96 32.0% 28.0% 60 156 31.2%
民主党 10.6% 17 5.7% 16.1% 35 52 10.4%
共産党 12.6% 2 0.7% 13.1% 24 26 5.2%
社民党 2.2% 4 1.3% 6.1% 11 15 3.0%
さきがけ 1.3% 2 0.7% 1.0% 0 2 0.4%
その他 6.8% 10 3.3% 1.7% 0 10 2.0%

 「大政党に有利に民意をゆがめる」という小選挙区制の特徴は、96年総選挙において、明確に実証された。自民党は小選挙区部分において、38.6%の得票しか得ていないのに56.3%もの議席を得た。得票率の、実に1.45倍の議席を得たことになる。比例代表部分(200議席)をあわせても、3割台の得票で半数近く(47.8%)の議席を得たのである。
 おびただしい死票が発生したことも、小選挙区制の弊害を物語っている。死票が、有効投票数の70%を越えた小選挙区は、静岡1区の78.5%を筆頭に、10選挙区に及んだ。
小選挙区部分では、全国の有効投票数5652万票のうち、3090万票が死票になった。有効投票数の54.7%が死票になったのである。中選挙区制のもとで行われた93年総選挙では、死票は1553万票であり、24.7%であったのと比較しても、民意のゆがみは明らかであり、小選挙区比例代表並立制の致命的欠陥はすでに実証されている。

V 比例区定数削減案による試算結果

 自民党と自由党は、1999年1月の連立にあたって、現行の小選挙区300、比例区200のうち、比例区を150に削減することを合意した。下記表の削減案の欄が自民党・自由党の連立合意における各比例代表ブロックごとの削減数であり、96年総選挙の比例区の得票数にもとづいて、各政党ごとに試算した結果である。

ブロック 削減案 自民 民主 新進 共産 社民
現 行 改定数 削減数 現 行 試算数 現 行 試算数 現 行 試算数 現 行 試算数 現 行 試算数
北海道 9 7 2 3 2 3 3 2 1 1 1 0 0
東 北 16 12 4 6 5 2 1 6 4 1 1 1 1
北関東 21 16 5 8 6 4 3 6 5 2 2 1 0
南関東 23 18 5 7 6 5 4 7 5 3 2 1 1
東 京 19 14 5 5 4 5 3 5 4 3 3 1 0
北信越 13 9 4 5 4 2 1 4 3 1 1 1 0
東 海 23 17 6 8 6 3 2 8 6 3 2 1 1
近 畿 33 25 8 10 8 5 3 10 8 6 5 2 1
中 国 13 9 4 6 5 2 1 3 2 1 1 1 0
四 国 7 5 2 3 3 1 1 2 1 1 0 0 0
九 州 23 18 5 9 7 3 2 7 5 2 2 2 2
総 計200150 50 70 56 35 24 60 44 24 20 11 6

自自両党の定数削減案を96年総選挙の結果で小選挙区と比例区の合計を試算すると次のようになる。
自民党は、比例部分で70議席から56議席に減少するものの、定数の削減率(25%)を下回る20%減少に過ぎない。比例部分の議席占有率は、35%から37.3%に上昇する。自民党は、比例定数を50削減しただけで、総議席(450)に占める占有率は、現行の47.8%から50%に高まることになる。
これに対して第5党の社民党は、比例部分で11議席から6議席にほぼ半減し、定数の削減率(25%)を大幅に上回る46%の減少になる。比例部分の議席占有率は、5.5%から3%に大幅に減少する。
定数5(四国ブロック)、定数7(北海道ブロック)という中選挙区制並の選挙区も生じ、比例代表制を採用した制度趣旨にもそわない。
比例定数の削減は、大政党に有利に中小政党に不利にはたらき、民意を正確に議席に反映するという比例代表制の特徴が減少し、ますます民意がゆがめられることになる。
97年2月、自民党選挙制度調査会が衆議院の定数を50以上削減することを決め、比例定数削減の動きがあった。その際、マスコミは「比例区の定数を削減して小選挙区の比率が高まれば、次の選挙は(自民党に)もっと有利に取り運べるという計算だろう」(「朝日新聞」97年3月2日)、「比例代表を削減して小選挙区の比率を高めれば自民党にもっと有利になるという虫のいい話であり、露骨な党利党略である」(「日経新聞」97年3月17日)と批判した。
結局、比例定数削減は、悪政の連続によって国民から見放された自民党が、選挙制度改悪によって政権維持と生き残りを図ろうとする党利党略以外のなにものでもないのである。

W 「行政改革」と議員定数

1 「行政改革」と議員定数

議員定数削減の理由として言われているのは、「行革で経費を削減しているのだから議員も自ら血を流すべきだ」という議論である。しかしながら、「行政改革」というならば、最大の問題は、バブル経済におどって乱脈融資をして損失を出した銀行救済のためになぜ公的資金を注入しなければならないのかという国民の疑問に答えないままに、60兆円という天文学的な数字の枠組みが決定されたことであろう。衆院議員関係費の総額は下記のとおり396億円程度であり、国会で民意を反映して十分な審議が行われ、国家予算の浪費がおさえられるのであれば、議員関係費の千倍以上の支出をおさえることができるのであり、民主主義を徹底することこそ、真の行政改革というべきである。

99年度予算・衆院議員関係費 
議員歳費123億7098万円
議員秘書手当143億8715万円
文書通信交通滞在費62億2680万円
国政調査活動費27億0011万円
立法事務費39億0000万円
合計395億8504万円

憲法は、「両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける」(第49条)と定めた。高額所得者にのみが選挙権や被選挙権を認められた制限選挙の時代には、議員は働くかなくても収入のある資産家の無報酬の名誉職であった。現代的な国民主権の原理のもとにおいては、勤労者もふくめて誰もが議員になることを保障するために、議員に相当額の歳費を支払うことにしたのである。議員関係費は、憲法に定められた民主主義のコストなのである。
マスコミも「いま行革との関係で国会に問われているのは衆院議員の数を減らすかどうかではなく、国会の機能をどう高めていくかという問題である。与野党の論戦を通じて政治の争点を有権者に明確にする。立法府として議員立法を含めた活発な法律制定に取り組む。行政の肥大化をチェックし行政を民主的にコントロールする。こうした役割・機能をきちんと発揮できるように国会を改革、活性化することが本筋の課題である」と指摘する(「日経新聞」97年3月17日付)。
さらに、国民の中には、国民のためにならない悪い議員やダメ議員はいらないという感情がある。このような感情から、議員定数を減らしてしまえという議論もある。こうした議論にもとづいて、比例区の定数削減を主張するというのであれば、それはまったく誤っている。行政を監視し税金の浪費をチェックする役割を果たすのは、野党である。比例区定数削減によって、野党はますます不利になり、行政を監視し税金の浪費をチェックする国会の役割は低下する。汚職議員の圧倒的多数は与党から出ており、政権与党に利権が集中する以上当然のことである。比例区削減によって、汚職議員を擁する与党が有利になり、それをチェックする野党が不利になるのである。すなわち、議会における与党の比率を高め、その横暴や悪政に対抗する少数党や庶民の立場に立った政党の比率を低めることになる。マスコミも「ひたむきに仕事をしてくれるなら、議員の人数を減らせなどと国民がそう切実に求めているとは思えない」(「朝日新聞」99年2月18日)と述べており、国会議員が定数減を主張するのは自らダメ議員であることを認めるにひとしく、自殺行為にほかならない。

2 政党助成の廃止が国民の声

並立制と同時に政党助成法が成立し、政党助成金が政党に交付されることになった。政党助成の理由は、政党の経費は民主主義のコストであるというものであった。これに対して、国民の中から「企業献金との二重取りだ」「自分の税金が、支持していない政党に流れるのはがまんならない」「国民の支持しない政党に税金を使うのは憲法違反だ」と怒りの声が上がった。1999年度の政党助成金は、国民一人あたり250円、総額314億円であるのに対し、議員数の1割である50人程度の定数削減によって節減できる国民の税金は、歳費や秘書の経費、文書通信費を含めても39億円程度(1999年度の衆議院議員関係費の約1割)にすぎない。
政党助成金の使い途は、政治資金報告書でその実態が明らかになった。居酒屋やクラブでの飲食費が交際費・接待費として扱われ、候補者のヘヤメーク代が宣伝費として支出されるなど、およそ政治活動とは無縁のものまで政党助成金から支出されていた。そして、自民党の中島洋次郎衆議院議員が政党助成法違反などで逮捕され、助成金が選挙民の買収資金に組み込まれていたことが明らかになった。政党助成は民主主義のコストであるどころか、政治を腐敗させてさえいるのである。少しでも、税金の無駄づかいをなくそうというのであれば、政党助成金こそ廃止すべきである。

X 国際的にみた議員定数と選挙制度

1 国際的にも多くない日本の国会議員

「議員定数削減」論は、国際的に見ても、何の根拠もない。
サミット参加7か国(主要資本主義諸国)の議員定数と人口を比較すると、例外的にアメリカの下院議員数が日本の衆議院議員より少ないだけで、次の表のとおり、その他の国はすべて日本の2倍以上の議員数である。日本の国会議員は国際的に見て、むしろ少ないのが実態である。そして、他国の議員数をみると、人口のいかんにかかわらず、国会議員にはその役割から見て一定の数が必要なことを裏づけている。

  人口 議員定数 人口百万人
あたり議員数
議員一人
あたりの人口
対日比 調査時点
イギリス 5878万人 659人 11.21 8万9200人 2.8倍96年
イタリア 5738万人 630人 10.98 9万1100人 2.8倍96年
カナダ 2996万人 301人 10.05 9万9500人 2.5倍96年
フランス 5830万人 577人 9.90 10万1000人 2.5倍96年1月
ドイツ 8191万人 656人注 8.01 12万4900人 2.0倍96年
日 本 1億2557万人 500人 3.98 25万1100人 ―― 95年国勢調査
アメリカ2億6892万人 435人 1.62 61万8200人 0.4倍98年1月商務省推計

人口百万人あたりの議員数は、小数点3位以下を四捨五入、議員一人の人口は十以下を四捨五入、対日比は小数点2位以下を四捨五入
ドイツの下院議員数にはこれに超過議席が加わる

なお、アメリカは連邦議会の議員定数が極端に少ない。これはアメリカが50州からなる連邦国家だからである。州は合衆国憲法の範囲内で、連邦とは独自に立法権、行政権、司法権を持っており、軍事、外交権限がないほかは国家に準ずるというべきである。州のもとに郡、市町村などの自治体がある。「アメリカは連邦制で、州の権限が非常に大きく、各州には上下両院議員や郡単位の自治体議員など、多数の地方議員がいることを忘れてはならない」(西平重喜著『統計でみた選挙のしくみ』)と指摘されいる。日本の衆議院議員の定数を比較する場合、州議会の議員数も考慮すべきである。<別表>は、1996年の資料であるが、アメリカにおける50州の州議会下院議員定数の合計は、5488人であり、議員一人あたりの人口は平均で4万7900人である。州議会の議員数も考慮すれば、アメリカと比較しても日本の衆議院の定数が多いとはいえない。
また、サミット参加7か国を含めた18か国の中でも、連邦制であり、かつ州の権限が大きいという事情のあるアメリカを除けば、議員1人あたりの人口は日本が群を抜いて多く、もっとも少ないスェーデンの約10倍であり、日本に次いで多い韓国の約1.6倍である。

2 国際的にみていちじるしく少ない日本の女性議員数

96年10月総選挙の女性の当選者は、23名で全衆院議員に占める割合はわずか 4.6%であった。比例区をあわせても 4.6%という日本の女性議員比率の96年世界女性議員比率ランキングは、166カ国の下院中、120位でしかない(月刊「婦人展望」市川房江記念出版部)。同調査で、女性議員比率の高さで上位をしめるスウェーデン(40%)、ノルウェー(39%)、フィンランド(33%)、デンマーク(33%)などはいずれも比例代表制を採用する国である。日本でも、女性衆院議員23人のうち16人は比例区の当選者であり、比例区の議員の8%を占める。これに対し、小選挙区での女性の当選者はわずかに7人で、300人のうち 2.3%に過ぎない。比例代表の定数が削減されれば、ますます女性議員の当選がむずしくなり、女性議員比率の恥ずべき低さは、一向に改善されないばかりか、ますますひどくなるだろう。

3 小選挙区制の母国イギリスでも選挙制度改革

自民党のいうように比例代表部分を削減していくと、次第に小選挙区制に近づいていく。しかし、これは世界の流れに逆行している。ヨーロッパの多くの国が、比例代表制をとっているが、イギリスだけは、百年以上にわたって完全な小選挙区制をとってきた。そのイギリスでさえ、最近では、小選挙区制を変える方向にむかっている。一言でいえば、各種議会の選挙が、小選挙区制から比例代表制に変更されつつある。欧州議会選挙のうち、北アイルランド選出の議員はかなり前から比例代表制で選出されてきた。最近になって、欧州議会選挙については、北アイルランドにかぎらず、イギリス全土において、小選挙区制は廃止され、拘束名簿式の比例代表制が導入された。1999年6月には、いよいよ、この比例代表制によって選挙が行われる。さらに、スコットランド地域とウェールズ地域に議会が設置されたが、この選挙も比例代表制によって選挙が行われることになった。そして、いよいよ下院選挙にも改革の火がつこうとしている。下院の選挙制度改革運動は百年にわたってねばり強く続けられてきた。このような世論と運動の成果が次第に実現の方向に向かいつつある。そして、1998年10月に、政府の諮問委員会が、完全な小選挙区制をやめて、比例代表制を加えていく制度に変えるべきだとする答申を出した。これにもとづいて政府は、国民投票を行うことになっている。
以上のように、小選挙区制の母国イギリスでさえ、比例代表制を増大させていこうとしている。日本における比例区を削減し小選挙区の比率を高めようという動きは、まさに世界の流れに逆行するものである。

Y 歴史的にみても少ない議員数

日本では、普通選挙法が制定された1925年には、人口が5596万人で、「人口12万人に1人」を目安として議員数が定められ466人とされた。戦後、1950年制定の公職選挙法の本則(第4条1項)では「人口16万人に1人」の議員数で471人であった。ところが、現行定数の500は「25万人に1人」にしか相当しない。これは、人口が2倍以上に増加したのに対し、総定数をほとんど増やしてこなかった結果である。
また、国会議事堂は昭和11年に完成したが、その当時の人口は約7000万人であるのに対し、衆議院の議席は466席であり、最大635席が可能であった。その後の人口増加などに対応して増加させる余裕を取っておいたものであろう。現在、人口は議事堂建設時の1・8倍近くになっており、議員定数を500からさらに削減しようとするのは時代錯誤もはなはだしい。

Z ますます民意と国会を引き離す比例区定数削減

1 投票率の低下と小選挙区制
小選挙区制のもとで保守二大政党制が固定化しているアメリカでは、貧しい人々や社会的弱者はどちらに投票してもたいしてちがいはないと政治に絶望して投票に行かない。投票率は年々低下し、大統領選挙と同時に行われる連邦議会選挙で50%、連邦議会選挙が単独で行われる中間選挙では30%台に下がっている。投票率は、収入によってまったくちがう。年収1万5000ドル以下の低所得層(下位20%程度)の投票率は、1988年14%、92年11%、94年は7%に下がっている(『ニューズ・ウィーク』96年11月13日)。「低所得者層は投票率が低いことから、憲法でどう保障されていようとも、事実上、平等な投票権をもってはいない。低所得者層が多数投票する国では当然ながら、政府は低所得者層の所得を押し上げ、高所得者層の富を押し下げることに積極的に取り組んできた。ヨーロッパの福祉制度がアメリカと違っているのは、まさに福祉制度がなければ貧困に苦しむ人たちが投票しているからである」(レスター・サロー『資本主義の未来』313ページ)。ヨーロッパの選挙制度は比例代表制が主流であり、社会的弱者の声を代表する政党が議会で議席を獲得して、社会福祉の充実をはかってきた。小選挙区制のもとでは、低所得者層の投票率が低いので社会福祉が後退し、社会福祉が後退するので低所得者層は政治に絶望し投票しないというように、悪循環におちいるおそれがある。

2 国民は民意を反映しない選挙制度を批判
NHK総合テレビは、96年10月28日放映の「あすを読む・選挙検証」のなかで、総選挙直後に行った世論調査結果を明らかにしたが、「これまでより民意を反映したと思うか」の問に、「そう思う」がわずか13%にとどまったのに対し、「そうは思わない」が74%にのぼっている。
また、この選挙制度を「このまま続けるべきだ」としたのは13%だったが、「元の中選挙区制に戻す」が33%、「別の新制度を考えよ」は43%で、見直しを求める声は76%を占めた。国民主権のもとでの選挙制度として、小選挙区制が失格であることは明らかである。
国民は、民意を反映しない選挙制度には背を向ける。96年総選挙の投票率は、59.65%と、戦後最低を記録した。このまま小選挙区制を続けるならば、投票率は下がりつづけるであろう。民意を反映する比例区を削減するならば、国会の構成はますます民意からかけはなれてしまう。民意を反映しない政治がつづけば政治不信は強まり、議会制民主主義の基盤はほりくずされることになる。今なすべきことは、民意の反映する選挙制度を求める有権者の声に真摯に耳を傾け、小選挙区制を廃止することである。

<別表> アメリカの各州議会議員定数一覧表

人 口 上院議員定数 下院議員定数 下院議員一人あたりの人口
(100以下は四捨五入)
メーン州 124万人 35 151 8200人
ニューハンプシャー州 115万人 24 400 2900人
バーモント州 58万人 30 150 3900人
マサチューセッツ州 607万人 40 160 3万7900人
ロードアイランド州 99万人 50 100 9900人
コネチカット州 328万人 36 151 2万1700人
ニューヨーク州 1814万人 61 150 12万0900人
ニュージャージー州 795万人 40 80 9万9400人
ペンシルバニア州 1207万人 50 203 5万9500人
オハイオ州 1115万人 33 99 11万2600人
インディアナ州 580万人 50 100 5万8000人
イリノイ州 1183万人 59 118 10万0300人
ミシガン州 955万人 38 110 8万6800人
ウィスコンシン州 512万人 33 99 5万1700人
ミネソタ州 461万人 67 134 3万4400人
アイオワ州 284万人 50 100 2万8400人
ミズーリ州 532万人 34 163 3万2600人
ノースダコタ州 64万人 49 98 6500人
サウスダコタ州 73万人 35 70 1万0400人
ネブラスカ州 164万人 −−− 49(一院制) 3万3500人
カンザス州 257万人 40 1252万0600人
デラウェア州 72万人21 41 1万7600人
メリーランド州 504万人 47 141 3万5700人
バージニア州 662万人 40 100 6万6200人
ウェストバージニア州 183万人 34 100 1万8300人
ノースカロライナ州 720万人 50 120 6万0000人
サウスカロライナ州 367万人 46 124 2万9600人
ジョージア州 720万人 56 180 4万0000人
フロリダ州 1417万人 40 120 11万8100人
ケンタッキー州 386万人 38 100 3万8600人
テネシー州 527万人 33 99 5万3200人
アラバマ州 425万人 35 105 4万0500人
ミシシップ州 270万人 52 122 2万2100人
アーカンソー州 248万人 35 100 2万4800人
ルイジアナ州 434万人 39 105 4万1300人
オクラホマ州 328万人 48 101 3万2500人
テキサス州 1872万人 31 150 12万4800人
モンタナ州 87万人 50 100 8700人
アイダホ州116万人 35 70 1万6600人
ワイオミング州 48万人 30 60 8000人
コロラド州 375万人 35 65 5万7700人
ニューメキシコ州 169万人 42 70 2万4100人
アリゾナ州 422万人 30 60 7万0300人
ユタ州 195万人 29 74 2万6400人
ネバダ州 153万人 21 42 3万6400人
ワシントン州 543万人 49 98 5万5400人
オレゴン州 314万人 30 60 5万2300人
カリフォルニア州 3159万人 40 80 39万4800人
アラスカ州 60万人 20 40 1万5000人
ハワイ州 119万人 25 51 2万3300人
合 計 2億6276万人 1935 5488  

(注)
統計資料はアメリカ商務省センサス局の1996年「合衆国統計集」による。
各州の人口は万人以下を四捨五入したので、その合計は総人口と一致しない。
アメリカの各州の下院議員合計数は5488人(ただしネブラスカ州は一院制なのでこれを下院議員とする)であり、アメリカの総人口2億6276万人からすると、議員一人あたりの人口は、約4万7900人となる。