事件ファイル-6
電話盗聴事件

東京支部
鶴見祐策 つるみゆうさく
14期
元自由法曹団幹事長 元自由法曹団東京支部長
松川国家賠償裁判常任弁護団 東京大気汚染公害裁判弁護団代表

警察制度の民主化の課題

 自由法曹団は労働争議の弾圧に抗議して結成され【*1】、治安維持法による犠牲者の救援に献身した。戦後は、新憲法の理念にふさわしい警察の民主化を追求する課題が残された。特権階級や現体制に奉仕する警察ではなく、真に「市民のための警察」に作り替えることが、私たち自由法曹団の目標といえよう。そのため権力による人権侵害を許さず、必要な情報の公開を求め、「政治(秘密)警察」の廃止を不断に要求してきた。盗聴法反対の運動もその一環である。

事件の発覚と国家賠償の提訴

 86 年11 月に発覚した緒方宅電話盗聴事件には多くの団員が取り組んだ。85 年4 月、緒方靖夫氏が日本共産党国際部長に就任したことが報道されるや、同年6 月には神奈川県警察の警備公安部が、近くのマンション(メゾン玉川学園206 号室)をアジトとして緒方宅の電話線を引き込んで盗聴を開始した。アジトにはテープレコーダー2 台、大量のカセットテープが持ち込まれた。実行犯は警部補・家吉幸二、田北紀元、巡査部長・長久保政利、目黒芳雄、巡査・林敬二である。上層部の関与は当然である。さかのぼれば警察庁のトップに及ぶ。
 証拠保全の申立を受けた裁判官が現場検証にのぞむと、警察はアジトの管理人を連れ去って入室を阻止し、その間に室内の証拠の隠匿、隠滅を行った。緒方氏の告訴を受けた地検特捜部はアジトの遺留指紋などから犯人を特定したものの、久保、林を電気通信事業法違反で起訴猶予、その他の者につき嫌疑不十分として不起訴とした。末端者の起訴は酷というのが口実であったが、検事総長・伊藤栄樹は、「捜査を徹底すればトップにまで及ぶことになり、警察全体を敵にまわしては検察に勝ち目がない」との判断であったという本音を吐露している【*2】。検察庁は、検察審査会の「不起訴不当」の議決にも応じなかった。警察庁長官・山田英雄は国会の場で盗聴について全面否認の答弁を重ねた。そこで権力犯罪追及の場として国家賠償が提起されたのである。

審理の経過と判決

 警察庁警備局公安一課長、警備局長、理事官・堀貞行らの尋問が行われた。彼らは逃げの一手に終始したが、神奈川県警警備部長・松崎彬彦は、部下の個人的な行動はあり得ないと述べた。実行犯の家吉、田北、久保は、裁判所の呼出に最後まで応じなかった。やっと出廷した林(退職)も犯行に関する供述を拒否した。現場に遺留のネーム入りズボンも自分のものと認めようとせず、筆記と指紋の採取も拒んだ。実行犯のひとり、目黒は謎の死を遂げた。警察の連絡で勤務先から帰宅した妻が遺骸を発見した。検察による取調べの直前だったという。
 東京地裁は警察庁が日本共産党の情報収集を行ってきたこと、警備局の職員が盗聴を知り得る立場にあったとして国と県に損害賠償を命じ、かつ田北、久保、林ら個人の責任をも認めた(判例時報1504 号)。控訴審の東京高裁は、97 年6 月、従来の判例を踏襲して個人責任を否定したが、国と県の責任を重くみて賠償額を倍増させた。そして被告の上告放棄により判決は確定した。

明らかとなった事実

 重要な事実は、審理の過程で各県警警備部公安一課に、革新政党や労働組合を対象とした情報収集の専門部署として「4 係」や「サクラ」と呼ばれる盗聴、盗撮、住居侵入、スパイ養成など特殊な秘密工作部隊が存在しており、警察庁警備局の4 係部門と直結していることが浮き彫りにされたことである。その警察庁の養成所の頭目は堀貞行であり、盗聴指導は技官・間藤禎三であった。養成の経験者の記録や盗撮訓練の写真などを証拠に事実の確認を迫ったが、彼らは回答を避け続けた。大衆的な運動の広がりのなかで、かつて会社に在職中に警察からの依頼で盗聴器を作成した技術者による勇気ある証言も生まれて、警察を追いつめた。勝訴は幾多の事実の累積による成果であった。実行犯は県が負担した賠償額を全額弁償したという。住民訴訟の新たな追及をおそれた組織の意思であろう。

むすび

 特筆すべきは、これを契機に警察の不正に対する国民の批判が格段に厳しさを増したことである。盗聴法反対の広範な運動の背景に、この事件に対する怒りがあった。長野県警公安警察官による住居侵入窃盗事件など、警察の違法行為に対する責任追及の新たな闘いも展開されている。警察内部にも少なからぬ波紋を呼んだことは推測に難くない。相次ぐ神奈川県警の不正の発覚とその責任追及を求める市民の声は、この影響なしに考えられないからである。

【*1】 1921 年、神戸の三菱・川崎造船所の労働争議を契機として同年8 月20 日、自由法曹団が結成された。
【*2】 伊藤栄樹『秋霜烈日』〈朝日新聞社刊〉(165 頁〜166 頁)に詳しい。

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