<<目次へ 団通信1054号(4月21日)


橋本 佳子 野村證券男女差別事件東京地裁判決
長谷川 一裕 喘息過労死裁判、高裁で再び勝訴判決 確定
中野 直樹 「生かそう憲法、高くかかげよう第九条 許すな有事法制」5・3 憲法集会のご案内と参加の呼びかけ
齊藤 園生 タブロイド「What's ユージホウセイ」好評販売中
藤原 真由美 続・大統領選挙にわくコスタリカを行く
池田 真規 原爆症認定却下処分取消集団訴訟への協力のお願い
小島 周一 弁護士自治を巡る議論に寄せて(後)
村田 正人 書籍紹介 「逸失利益等の算定における中間利息控除率の研究〜5%ライプニッツは適正か〜」

野村證券男女差別事件東京地裁判決


東京支部  橋 本 佳 子


 一九九三年一二月、野村證券の一二名の女性が提訴(九八年に一名追加提訴)した賃金昇格差別事件の判決が、二〇〇二年二月二〇日、東京地裁一九部で出された。コース別人事制度に関する最初の判決であった。

 判決は、会社がコース別人事制度の下での原告らの「一般職」の処遇について、改正均等法が施行された一九九九年四月以降についてのみ違法として、それ以前に定年退職した原告一名を除いた一二名について慰謝料及び弁護士費用(総額五六〇〇万円)の支払いを命じた。

 改正均等法によって募集採用、配置昇進を含めて禁止規定になった以降の違法性は当然のことであり(大阪地裁住友電工・住友化学事件判決はこれさえも否定)、判決はこれまでの女性差別事件判決の水準を後退させた不当判決と言わざるを得ない。

 原告らが入社した昭和三二〜四〇年当時、就業規則に採用区分、職種区分はなく、初任給から後数年間の賃金も男女同一であったが、その後は男女別立賃金がとられ、昇格も男性は課長代理までは自動的に昇格するが女性が課長代理に昇格するのはごく少数である。野村證券では女性も高度に専門的・重要な證券業務を担っており、差別は明白である。

 その後、均等法が施行された昭和六一年に、それまでの男女別立賃金テーブルを男性用を「総合職」、女性用を「一般職」と名称を変更し、六二年に一般職から総合職への「職種変換制度」を入れて事実上コース別人事制度を導入した。男性は全員が「総合職」(後に総合職掌)に、女性は全員が「一般職」(後に一般職掌)に自動的に振り分けた。

 原告らは、同期高卒男性は入社一三年次には自動的に課長代理(現在指導職一級)に昇格し、その後「総合職掌」となっているため、総合職掌・指導職一級の地位にある者として扱われる労働契約上の地位確認、総合職掌の退職金及び年金規程の適用を受ける労働契約上の地位確認、差額賃金、慰謝料、弁護士費用の請求をした。

 会社は、原告らが入社した当時から、男性は基幹的業務、女性は定型的補助的業務に従事するものとして、男女別にコースを分けて採用してきたのであり、旧均等法施行後「コース別人事制度」を導入した際にはそれまでの「男女のコース別の処遇」を引き続き維持するため男性は「総合職」、女性は「一般職」と位置づけたに過ぎないから、男女差別ではない、と主張した。

 判決は、会社の主張をほぼ全面的に認め、「男性は主に困難度の高い業務を担当させ勤務地を限定しないものとし、女性は主に困難度の低い業務を担当させて勤務地を限定することとし男女をコース別に採用、処遇をした」とした。このように男女別の採用、処遇は、憲法一四条の趣旨には反するが、当時、一般的に女性の勤続年数や全国的な異動をしないなどをふまえ、企業が効率的な労務管理を行ったものとして公序に反するとは言えないとした。しかも、一九八五年に旧均等法が制定された後も「努力義務」にとどまっていたという理由で、結局改正均等法施行時までは違法な差別はないというのである。すでに一九九〇年の社会保険診療報酬支払基金事件判決でも昇格における女性差別が公序に違反するとしていることからも大きく後退している。

 また、男性は「入社後一三年次課長代理」という基準で運用しているのに、女性については一三年次に課長代理に昇格させるということは労働契約の内容となっていないとして地位確認を否定した。特に、芝信用金庫女性差別事件で地裁、高裁ともに地位確認を認め、高裁判決が「労働契約の本質的義務として、使用者には男女の人格を尊重して、能力に応じて平等に取り扱う義務がある」としたのに対して、「平等取扱義務を認めることは困難」とあっさりと否定した。さらに芝信用金庫判決が使用者の発令行為がなくとも地位確認を認めたが、本判決はこの点も否定した。このように、判決は、これまでの女性差別裁判で女性たちが大きなたたかいを経て勝ち取ってきた水準を後退させたものと言わざるを得ない。

 会社は、仮執行を停止するため即日控訴しており、原告ももちろん控訴したため、控訴審がはじまる。多くの団員の力も借りながら今回の不当判決を跳ね返していきたい。

 なお、均等法制定後、わが国の大企業中心に導入されたコース別人事制度の下で、多くの女性が低い賃金と昇格しない「一般職」に押し込められ苦しんでいる下で、判決が改正均等法以後とはいえはじめて違法としたこと自体は評価でき、マスコミの報道にも現れているように影響は大きい。今後の差別是正の運動に大いに活用したい。

 弁護団は渡辺正雄、今野久子、井上幸夫、滝沢香、牛久保秀樹(以上東京支部)、鈴木幸子(埼玉支部)


喘息過労死裁判、高裁で再び勝訴判決 確定


愛知支部  長 谷 川 一 裕


 住友電設株式会社で電気設備工事技師として働いていた故鈴木龍雄さんが平成元年一一月に気管支喘息を悪化させて死亡したのは業務が原因であるとして、名古屋東労働基準監督署長の行った遺族補償年金不支給処分の取消を求めていた裁判で、名古屋高等裁判所民事第二部は、三月一五日、労働基準監督署長の控訴を棄却し、一審に続いて原告勝訴の判決を言い渡した(原審判決は名古屋地裁平成一一年九月一三日言渡)。

 同判決に対する上告期限が三月二九日で経過したが、被告は上告せず、同判決は確定した。

 気管支喘息で死亡した労働者が労働基準監督署によって労災と認めた事例はあったが、今回の判決は気管支喘息の増悪と喘息死の業務起因性を認めた初めての高裁判決、確定判決としての意義を有するものである。近時、喘息死が増加しているが、その中で、業務による過重負荷により気管支喘息を増悪させて死亡に至っているケースも相当あると推定されるが、今回の判決はそうした被災労働者の労災認定のたたかいの武器になるものと考えられる。

 事案は、次の通り。被災者の鈴木龍雄さんは、住友電設株式会社で電気設備工事に従事し、死亡当時は現場の工事責任者として働いていた労働者である。昭和五一年に気管支喘息を発症、その後治療を続けながら働いていたが、次第に業務と責任が重くなり、昭和六三年春から平成元年六月にかけては、名古屋デザイン博覧会会場の建物建築工事における電気設備工事の現場代理人業務に従事し、同工事の突貫工事の中で喘息が急激に悪化した。その後、本人から現場代理人業務の負担に耐えられないとして出されていた転勤希望を受けて一時内勤に配置換えになったものの再び同年八月から、高速道路のサービスエリアの電気設備工事の現場代理人に任命され、同業務の工事が繁忙期を迎えた一一月六日、自宅で重篤に喘息発作を起こして呼吸不全により死亡した(死亡当時四二歳)。

 妻の鈴木美穂さんは、夫の死亡の原因は業務であると考え、過労死一一〇番に相談し、弁護士の助言を受け、平成二年四月、名古屋東労働基準監督署長に労災申請をしたが、平成五年六月に業務外決定がなされ、同年七月審査請求を行うとともに、平成六年一一月、名古屋地裁に取消訴訟を提起したものである。

 なお、その後、平成八年三月、審査請求棄却、平成一一年一一月再審査請求棄却となっている。

 一審判決は、原告の請求を認容し、原処分を取り消した。

 一審判決は、ストレスが気管支喘息に与える影響が十分解明されていない現段階で厳密な医学的立証を求めることは酷であるとし、気管支喘息を自然的経過を超えて著しく悪化させる業務の存在を立証すれば足りるとして遺族側の立証の負担を緩和し、また、業務の過重性の判断は、平均的労働者ではなく基礎疾病を有する当該労働者を基準とすべきとした。その上で、前記のデザイン博工事によって龍雄さんの気管支喘息が急激に悪化したものとして業務起因性を是認した。

 控訴審では、控訴人は、原判決の事実認定を批判し、喫煙やメジヘラの過剰使用による気管支喘息のコントロール不良が原因であるとして、もっぱら(業務以外の)他原因の寄与についての主張を展開し、呼吸器疾患学会で知名度のある医師三名の追加意見書を新たに証拠提出するなどして巻き返しを計った。

 裁判は、平成一二年一二月弁論が終結して判決期日が指定されたが、直前に判決期日が取り消され弁論が再開されるという事態となった。弁論再開にあたって控訴人・被控訴人双方に示された釈明は、龍雄さんが使用していた気管支拡張剤の過量使用と喫煙の影響を重視するものであったため、原告側は、証拠を再検討して裁判所の釈明に答える準備書面を提出すると共に高木弘巳医師(協立総合病院)の再度の証人尋問を申請した。同証人尋問の結果が再び裁判所を説得して控訴審での勝利につながったものと思われる。

 控訴審判決は、一審判決の事実認定を踏襲しつつ、デザイン博工事後も気管支喘息が軽快することなく重傷のまま推移した経緯を補強して業務起因性を認めた。

 同判決は過重性の判断基準について「控訴人は、同様の業務に従事する同僚の平均的水準をもって基準とすべきと主張するが、労働者の健康状態は多様であり、基礎疾病を持つ者も少なくなく、基礎疾病の種類、程度によって労働者が従事する業務が与える悪影響の程度も異なると考えられるから、同様の業務に従事する同僚の平均的水準を基準とするのみでは、その過重性等を判断し難い場合も多いと考えられるので、基礎疾病を有する労働者の業務の過重性等は当該労働者の健康状態の実質をも考慮して判断すべきである」として、被災労働者を基準とすべきであると判示した。また、原判決が「基礎疾病を著しく増悪させた」場合に因果関係是認の要件としたことについては、「著しく」を全て削除した。こうして、控訴審判決は、原判決を更に前進させるものとなったのである。

鈴木美穂さんのたたかいは、この労災裁判だけではなく、会社が密かに受け取っていた団体生命保険金一億二万円の引き渡しを求める民事訴訟、会社の安全保護義務違反を追及する損害賠償責任訴訟を提起しており、これらの会社を被告とする訴訟については、既に、会社側が鈴木美穂さんに約六〇〇〇万円の和解金を支払って解決している。

 鈴木さんが労災申請、団体生命保険の引き渡しを求めて立ち上がった時は、職場の労働組合も全く支援しなかったため、支援者もなく孤独なたたかいであった。

 やがて地元の一宮地域労連の労働組合や知人などが応援するようになり、支援する会が結成された。

 その後、一億円を超える巨額の団体生命保険金の引き渡し訴訟は、マスコミでも大きく取り上げられ、衆議院の大蔵委員会でも取り上げらた。事件の社会的影響の広がりの中でさらに支援が広がり、愛労連や愛知争議団、過労死遺族の会等のバックアップも強化され、支援の輪が広がっていった。毎回の法廷は多数の傍聴人が傍聴し、裁判所に対する要請署名や要請ハガキも繰り返し行われた。

 こうした運動の広がりと鈴木美穂さんの不屈の意志がたたかいを勝利に導いた大きな原動力であったことは間違いない。

 初めて鈴木美穂さんから過労死一一〇番で相談を受けた時には、よもや一二年にも及ぶたたかいに発展するとは予想もしなかったが、たたかえば道は開けることを教えられた。

 (弁護団 水野幹男、長谷川一裕、市川博久、海道宏実)


「生かそう憲法、高くかかげよう第九条 許すな有事法制」
5・3 憲法集会のご案内と参加の呼びかけ


事務局長  中 野 直 樹


 五月三日前後に、全国で、憲法集会が企画されています。前号の団通信末尾にチラシを印刷してご案内をしていますが、本年の中央での憲法記念日のつどいは後記日程で開催されます。自由法曹団も実行委員会に参加しています。

 昨年は二つの潮流が合同して日比谷公会堂に集うという画期的な集会となりました。本年は、一層共同を広げる努力がなされています。戦争政策を暴走させようとするアメリカ・ブッシュ政権とそれに追随してテロ特措法に続き有事法制(戦争動員法)の成立を狙う小泉政権のこれまた暴走に、平和の危機と改憲策動が一段と加速されています。同時にこのような政治の流れを憂慮し、軍事力による押さえつけではなく、対話と社会的公正の追求による平和の道を選ぶ声が国内外で高まりつつあります。まさに、平和か戦争かの選択が、世界の諸国民と日本国民につきつけられ、その激突が始まっています。

 本年のプログラムは、メインのスピーチ小田実、暉峻淑子、志位和夫、土井たか子の各氏で、各界から宗教者ネット、CHANCEなどの発言が予定されています。また前号の団通信で池田団員が紹介されています、コスタリカ国際法律大学教授のカルロス・ヴァルガス氏が連帯の挨拶をされます。

 東京支部はもちろん、五月三日に地元の憲法集会がない支部の皆さんの大勢の参加を呼びかけます。

 日程 五月三日 日比谷公会堂
  一二時開場 
 一時開会 集会終了後 銀座パレード



タブロイド「What's ユージホウセイ」好評販売中


担当事務局次長  齊 藤 園 生


 タブロイド「What's ユージホウセイ」については団通信四月一日号にてすでに宣伝しています。それなのに、何でまた?と思う方もいるでしょう。不評で売れていないわけではありませんので、念のため。実に好評です。一〇日間で注文は二万部をこえました。うれしい限りです。注文単位も、五〇〇部とか一〇〇〇部。中には千葉中央法律事務所のように一事務所で三〇〇〇部という注文を寄せいている事務所もあります。そして、これまで団本部に動きが伝わってこなかった九州のいくつかの支部などからも、大量の注文が来ています。

 でも今の時期でも、残念ながら有事法制の認知度は「まだまだ」と言っていいでしょう。宣伝・学習活動をもっと旺盛に広げなければなりません。タブロイドは今、もっとも簡単に、わかりやすく有事法制の危険性を知らせる宣伝物です。北海道のI先生は平和委員会の学習会で資料として活用するとのこと。その他にも、事務所のつきあいのある労働組合・団体には、全組合員・全構成員に読んでもらえるように、買ってもらって下さい。ちなみに、ちょっともったいないけどビラとしても有効です。東京事務所も、闘争本部も、街頭宣伝でタブロイドをビラと一緒に配ってみました。ビラに比べ圧倒的に受け取りはいいというのが実感です。各事務所で大いに活用してください。

 一部一五円と安価です。五〇〇部以上の注文だと、一部一〇円と割引がつきます(送料は別途負担)。注文は団本部までお願いします。


続・大統領選挙にわくコスタリカを行く


東京支部  藤 原 真 由 美


一、サンホセの投票所はまるでバーゲンセール会場のよう

 二月三日昼、モンテベルデの熱帯雲霧林エコツアーに参加する調査団の面々を空港で見送ったあと、朝日新聞社の藤森研、伊藤千尋両氏と私は、大統領選当日の街の様子や開票状況・開票結果をリアルタイムで取材すべく、サンホセ市に舞い戻りました。途中、色とりどりの旗を立てた車が結集し、たくさんの家族連れでにぎわっている場所を発見。「投票所じゃないかナ」と、ワクワクしながらタクシーを降りました。

 やはりそこは投票所になっている小学校でした。投票に来る人々は、自分が支持する候補者のシンボルカラーの旗を持ったり、紙の帽子をかぶったりしたまま投票所を自由に出入りし、投票所のそこかしこでひさしぶりに会った友人達とおしゃべりに興じているので、まるでデパートのバーゲンセール会場のようなにぎやかさです。投票所の出入口には、最有力候補三名の選対事務所のテントが、運動会のように旗をひらめかせて仲良く並び、運動員や支持者、その家族、友人などが差し入れの食べ物や飲み物をもってつめかけて、これまたおしゃべり。このおしゃべりがひとしきり済むと、自分が投票した候補者のテントに立ち寄り自主的に投票を報告。この「出口調査」を担当しているのは、専ら小学生のこども軍団でした。

 私たちは、早速この楽しげな投票所に入り、選挙管理委員とおぼしき人とピースサインなどかわしながら、投票所のあちらこちらをパシャパシャとカメラにおさめて歩きました。

二、選挙はお祭り、そして喜び

 初めて選挙に参加するという一九歳の女性に「初めての投票の感想は?」と聞くと、「すごくうれしい!」と飛びあがって言いました。「なぜ?」と聞くと、「だって、選挙はフィエスタ(お祭り)よ。私、ソリスに投票する。若者の気持ちを政治に生かしてくれるから。」と言って、ソリス候補のオレンジ色の旗をくれました。彼女のとりまきらしい四人のアミーゴ(友達)も、口々に「やっと選挙ができるんだ」と言って、大いに盛り上がっているのでした。

 白髪の女性に「特定の家系の人たちが大統領の職を独占しているという噂を聞きましたが、どう思いますか」と質問。即座に、「私たちの国には、独裁者なんていないから、今の大統領が気に入らなければ、気に入るような人を大統領にすればいい。好きなように国をつくっていけば良い。それだけのことよ。」とのお答え。この女性は、ソリスの旗を手にしている私に、アラヤ候補の緑色の帽子をプレゼントしてくれました。

 若い運動員に、「三人の候補者のテントが並んでいるけど、諍いになったりしないの?」と聞くと、彼は一台の車に三種類の違う候補者の旗をたてて走っている車を指差して、「あれを見ればわかるでしょ」と微笑みながら言うのです。「どの候補者を支持するか、一人一人意見が違うのはあたりまえ。僕たちは、どの候補者がいいか話し合いをするけど、結論は自分で決めるし、他の人が誰を選ぶかも自由。結局当選した人が一番大統領にふさわしい人ってことさ。だから、諍いになんかならないよ。」

 確かに、方々で目にするこの国の選挙運動のやり方は、アメリカ的・論争的な、相手を打ち負かすディベートとはまるっきり違う様相です。相手に決していやな思いをさせずにコミュニケートし、お互いに理解を深めあう、学びあうという、実に平和的なものでした。これもやはり、前回紹介したような、小学生の頃からの「大切なことは競争によってではなく寛容と連帯と話し合いによってすべての問題を解決すること」という、一貫した平和(非暴力)教育の成果なのだなあと、初夏のような風に吹かれながら思ったのでした。

三、子ども選挙は三才から

 そう言えば、この投票日の午前中に、子どもたちの大統領模擬選挙会場を訪ねる時間がありました。「大人が楽しんでいる選挙を、子どもたちにも楽しませて!」という子どもたちの要求にはじまって、地域学習の一環として生徒自身が選挙管理委員を努め、本物そっくりの大統領選挙投票用紙を使っての模擬投票が実現。学校の周辺に住む三才から一四才の三〇〇〇名近くの子どもがここで投票をするのです。音楽隊が出、道化師もいて、やっぱりここもお祭りなのです。

 「どんな人に投票するの?」と、一〇才くらいの男の子に聞くと、即座に「自分達の生活を守ってくれる人、で、清潔な人」という答えが返ってきました。選挙管理をしている一七才の女の子が側でこう言いました。「民主主義は、自分達で創っていくものです。小さい頃から選挙の雰囲気を体験するのは良いことですよ。」

四、選挙最高裁判所と選挙の自由・平等

 こんな風に民主主義を大切にするコスタリカでは、選挙が正しく平等に行われるよう、選挙管理全般を選挙最高裁判所がとりしきり、行政機関には任せないと聞いていました。でも一体、選挙最高裁判所ってどんなことをするのかなあ、興味深々だなあ、とブツブツ言っていると、伊藤千尋氏が「投票日の裁判所にはIDがないと入れないけど、僕のアシスタントということにして、新聞記者のIDをもらってあげよう!」と言い出しました。「詐欺とか公正証書原本不実記載で捕まるかもよ」と心配する私を尻目に、即実行に移した伊藤氏のおかげで、顔写真入り「朝日新聞社・アシスタント」のIDカードをゲットしてしまった、イケナイ私です。

 裁判所には、外国人記者のための窓口があり、遠く日本から三名もの記者(!)が取材にきてくれたというので、担当者は大喜び。何か質問はないか、わからないことはないかと催促するので、この時とばかりにインタビュー。それによれば、コスタリカでは選挙運動に伴う言論活動は全く自由で、刑罰を伴う言論・表現の規制は一切なし。もちろん戸別訪問なんて「規制されるはずがない」。選挙運動期間が投票日の三か月前からとか、夜は一〇時までという時間的な制限はあるけれど、これらに違反しても刑罰による制裁はなし。罰せられるのは買収などの実質犯だけというシンプルさです。全国民が自由、平等に道路や公園を使って選挙集会や選挙活動ができるように、選挙最高裁判所が投票日の四ヶ月前から選挙に関わる警察権限を掌握し、選挙活動が制限されないよう保障するといいます。そして投票日には、すべての国民が投票できるよう、道路や交通機関を開放することも重要な仕事とのこと。選挙活動と投票を保障するための公共サービス機関といった感じですね。

 そういう裁判所のサービスのおかげで、この国では不在者投票制度などないのに、投票率は八〇%から八五%という高さです。また、どこにどんな逸材が隠れているかわからないので、誰でも自由に選挙に立候補できることが重要と考えており、供託金などの立候補を制限する制度は全くありません。泡沫候補を防止するという発想が、そもそもないのです。

 さて、開票についてですが、開票結果は各地で集計されて、そのデータがEメールで選挙最高裁判所に送られてきます。開票速報は、夜の八時から、選挙最高裁判所五階ホールで行われました。開会宣言の後、ステージの上に選挙最高裁判所裁判官五名が登壇。六人目の裁判官が挨拶と説明をした後、壇上の裁判官がそれぞれ自分のパソコンをパタンと開け、各地から送られてくる候補者ごとの時々の得票数の集計結果を、一時間以上にわたって順次読み上げていくのには驚きました。テレビやラジオは、裁判官の報告を全国に同時中継するという具合で、裁判官の開票速報によって、はじめて選挙結果に正当性が付与されるという説明でした。

 ちなみに、選挙最高裁判所の裁判官は、いろいろな階層から平等に選ばれるよう、選任方法が工夫されているとの説明がありました。その詳細は、今、調査中です。

五、はたして、選挙の結果は?

 コスタリカでは、半世紀にわたってキリスト教社会連合党(PUSC)と国民解放党(PLN)の二大政党による政治が続いてきました。ところが今回の大統領選挙では、既成政党の汚職追放・保護主義を掲げて、史上初めて第三の政党(市民行動党・PAC)が旗揚げし、若者の間で人気というのです。それに、PLNが社会民主主義をもとに持続可能な発展を公約としているのに対して、PUSCはアメリカ流の経済の自由化と民営化の促進を主張しているのも興味深い点です。

 開票の結果、PUSCのパチェコ氏が約三九%、PLNのアラヤ氏が約三一%、PACのソリス氏が約二六%を得票しました。どの候補者も有効投票の四〇%を得票しなかったことから、上位二者による決戦投票が四月七日に行われることになり、結論は持ち越しとなってしまいました。

 一〇時過ぎにやっと開票を終えた裁判官たちは、疲れてヘトヘトなのに、マスコミ関係者の質問に丁寧に答えていました。その裁判官の一人が、早乙女愛さん製作の映画「軍隊を捨てた国コスタリカ」に出てくる、肝っ玉母さんのような女性裁判官、マリソルさんに違いないと思った私は、彼女のもとに駆け寄り、「日本の映画で見ましたヨー。日本からきた弁護士でーす!」と叫びました。すると彼女は一瞬ポカンとし、次に満面笑顔となって、私の骨がグズグズ崩れるくらい強く抱きしめ、私のほっぺたに彼女のほっぺたを何度もくっつけ、歓迎してくれたのです。そして、「コスタリカにいる間、困ったことがあったら、すぐに私に連絡ちょうだいね。いつでも力になるから。」と言って、彼女は私の手帳に、連絡先を大きな字で書いてくれました。「まるでお母さんと子どもが久しぶりで再会したみたいだねえ。美しいねえ。」とからかう伊藤氏と藤森氏を尻目に、こんな裁判所もあるんだなあ、こんな裁判官もいるんだなあと、あったかーい気持ちになって、選挙最高裁判所をあとにしました。

 (続く、でも次回で終わり)


原爆症認定却下処分取消集団訴訟への
協力のお願い


東京支部  池 田 真 規


 三月京都拡大常幹において標記のテーマでお願いをしました。当日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局長の田中煕巳氏が訴えをされましたので、団通信紙上でご紹介したいと思います。

 日頃から平和、民主主義、人権擁護のためのご尽力に敬意を表し、感謝申し上げます。さて私ども日本被団協は、五七年前広島・長崎で被爆し、現在全国に住む原爆被害者で組織されているものです。

 一九五六年に結成されて以来、核兵器廃絶と原爆被害への国家補償を求め、さらに被爆者の相互援助の活動をつづけてまいりました。この間、多くの国民の支援によって一九五七年に原子爆弾被爆者に対する医療に関する法律(原爆医療法)、一九六八年に原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(特別措置法)を制定させてまいりました。その後、原爆医療法、特別措置法を一本化した、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律が一九九四年に制定されました。しかし、これらは国が戦争責任を認め、原爆被害に対する国家補償を行なおうとするものではなく、この法律も一九八〇年一二月厚生大臣の私的諮問機関「原爆被爆者問題基本問題懇談会」が、「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民が受忍しなけらばならないところであって」との答申を踏襲しており、原爆被害に対する《受忍》を強いています。

 ところで、現在の被爆者対策の根幹である原爆症の認定制度は、被爆者の疾病が原爆の放射線の影響を受けているか、または、疾病の治癒能力が放射線の影響を受けていて、現に医療を要する状態の被爆者を厚生労働大臣が原爆症と認定するものです。

 国は認定の基準を、日米で作成した広島・長崎原爆放射線の線量評価基準を用いて、原爆被害を放射線のみに限定し、原爆被害を過小評価しているため、現在認定被爆者は被爆者健康手帳所持者二九万人の内わずか二千人という状況です。そのため、認定却下処分をめぐって、今日まで四件の裁判が行なわれ、内三件が勝訴しています。二〇〇〇年七月には長崎の松谷英子さんが最高裁で、一一月には大阪高裁で京都の被爆者がともに勝訴しています。更に現在東京地裁と札幌地裁で二人の被爆者が係争中です。

 この間の訴訟を通じて、個別訴訟では個人の問題解決におわり、原爆症の認定制度を改めさせることにならないことが明らかになっています。

 そこで、私たちは原爆症の認定集団申請、集団提訴運動に取り組むことを決定しました。この運動は被爆後五七年間、癌になるのではないかと不安におびえ、実際に癌になった被爆者や被爆以来病気がちでまともに働けなかった被爆者など多くの被爆者の要求にかなったものです。

 今世界中で核兵器廃絶の声が大きくなる中、核兵器使用を企むアメリカとそれに従属する日本政府はこうした声に逆らって、核軍拡を推し進めようとしています。そのために原爆症の認定の在り方に端的に示されているように、広島・長崎の被爆者の実情、原爆被害を無視しようとしているのです。

 遅きに失した感のあるこの運動は、被爆以来晴らされることのなかったアメリカと、正面に被害を償おうとしない日本政府に対する怒りに基づく、被爆者の最後の命をかけた運動です。

 私たちは全国で被爆者、市民団体(青年団、生協、婦人会、原水協、原水禁など)、法律家などによるはば広いネットワークによって、大きな運動にしたいと思っています。そして、この運動が有事法制や憲法改悪など自民党政治がもくろむ今の情勢を変える一助になるものと確信しています。

 どうか、ご支援いただきますようお願いいたします。


弁護士自治を巡る議論に寄せて(後)


神奈川支部 小 島 周 一


三 今回の綱紀・懲戒制度改革問題を通じて問われたもの

 以上述べたような弁護士に対する不信の目に対しては、「綱紀委員会は、懲戒委員会は厳正にやっています」という、我々内部では大変説得力のある、しかも事実に即してもいる説明は、残念ながらかなり無力である。無力と言って言いすぎであるならば、そのまま直ちに信用してもらえない。

 そもそも弁護士そのものに対する信頼が揺らいでいるのだから、その弁護士が多数を占める綱紀委員会、懲戒委員会の結論について弁護士が説明しても、なかなか直ちに「はいそうですか」とはならないのである。しかも、懲戒不相当となった事案については、懲戒請求された弁護士の名誉・プライバシーの問題があるから、また、外部委員も含めて綱紀委員には守秘義務があるから、その具体的内容を一々公表して理解を求めるにも限界がある(但しこの点の努力が決定的に欠けていたのは、臨時総会で誰かが指摘したとおりだと思う)。そうすると「懲戒相当となったのは、本来懲戒されるべき申立のうちのほんの一部なのでは?」という「疑惑」そのものをうち破るのは容易ではない。

 規制改革委員会が一昨年暮れに打ち上げた、懲戒申立人に対する司法審査権の付与や、外部委員の過半数化及び議決権の付与は、このような「情勢」を作り、そして見た上での攻撃であると私は思う。つまり、「司法審査権を付与したり、外部委員を過半数にして議決権を与えれば、弁護士が仲間内をかばおうとしてもできなくなりますよ。弁護士の不祥事がもみ消されることはなくなりますよ」というわけである。

 私は、今回の弁護士自治を守るための闘いは、従って、極論すれば、弁護士自治を奪おうとし続けてきた者たちそのものとの闘いというよりは(もちろんそれもあるが)、私たち弁護士に対する、そのような不信の目との闘いと位置づけるべきなのではないかと思っている。そのような不信の目を克服しない限り、弁護士自治を奪おうとする者はそれを煽り、その声を「市民の声」「国民の声」として、例えば弁護士法改正という「民主的手続」によって弁護士自治の剥奪を強行してくると思うのだ。

 その点からすると、なによりも大切なのは、そのような不信の目を取り除くための手だてとして、今何をすべきかということになる。

 そして、この問題について私が一番悩んできたのは、その手だてを考える際に、今の情勢の中で、「外部の目による綱紀・懲戒制度のチェック」という要素を全く入れないままでいいのかということ、それ無しで「お手盛りをしているのではないか」という不信の目を克服することができるのか、ということだった。

 言い換えれば、仮にそのような不信の目があるとしても、日弁連執行部が提起したような「綱紀審査会」を提案せずに、それ以外の綱紀・懲戒制度の改革や、市民への運動によって克服しうるのかどうかということだった。これについては、日弁連からもそのような観点での材料は十分貰えなかった。

 私は、これらの点について自分なりに横浜での経験を元に情勢判断をし、今回の臨時総会では「やむを得ず賛成」の一票を投じたのだった。

四 終わりに

 団員の中でこれだけ厳しい議論のある問題について発言するのはかなり怖いことである。こんなことを言ってしまったら後で何を言われるかという思いもある。とりわけ、結論的には執行部案に賛成してしまったことでもあるし。

 ただ、ここで述べたようなことが、つまり私たち弁護士を取り巻く現状のうちの一つの事実が、十分日弁連会員や団員に伝わらないままで議論がなされているのはどう考えてもおかしいと思った。弁護士会の役員をやって、市民の弁護士に対する評価の一端に触れたものとしては、それを伝える努力をする義務があるのではないかと考えた。そのようなことからあえて発言させてもらった次第である。


書籍紹介

「逸失利益等の算定における中間利息控除率の研究
〜5%ライプニッツは適正か〜」


三重支部  村 田 正 人


 交通事故の損害賠償裁判における逸失利益の利率を五%ではなく、二〜四%とする判決が全国で九例出ています。特に、高齢者については、将来の予測可能性があるとして、五%枠をはずすことが裁判所の支持を得つつあります。ゼロ金利時代にあって、果して五%の利率で控除することは適正なのか。こういった問題意識をもって、五%枠をはずす訴訟を各地で実践してきた弁護士が昨年一一月にネットワーク(損害論研究会)をつくり、青野渉、川人博、島田浩樹、村田正人が、岩波新書で「交通死」を出版した姫路獨協大学教授(経済学)の二木有策氏と共同執筆をして実務家向けに出したのが本書です。

 ヨーロッパでは実質金利による利率で中間利息の控除がされているとの報告がなされています。法務局の供託金の金利も、四月以降下がりました。ペイオフの実施により、普通預金の金利はさらに下落しています。このような中、法的安定性や裁判慣行という理由で、共同提言に忠実に五%枠をはずそうとしない裁判所の頑な姿勢が一方にあります。五%枠維持の判決の目的は、結局のところ、損害保険会社の予測の安定性の保護にあるのであって、交通事故の被害者保護など完全に脱落してしまっているのではないのでしょうか。

 本書は、いわゆる「青い本」や「赤い本」が掲載していない〇・五%〜四・五%のライプニッツ係数表がついていますので、理論的な面だけではなく、実務的にも活用できるものとなっています。交通事故だけではなく、医療過誤、労災、過労死など、人身損害賠償を扱ううえで必携の書ですので、自由法曹団の団員が各地で活用され、新たな判決と理論的前進を勝ち取られることを希望します。東京、大阪、名古屋では、弁護士会の書店で販売しています。通販もしていますのでFAXでお申し込み下さい。一部一八〇〇円(送料別)です。

(北海道・東北)諏訪・青野法律事務所・青野渉
            FAX 〇一一・二八一・五六三〇
(関東)川人法律事務所・川人博
            FAX 〇三・三八一三・六九〇二
(関西)三重合同法律事務所・村田正人
            FAX 〇五九・二二三・〇九五七