自由法曹団通信:1059号        

<<目次へ 団通信1059号(6月11日)


中野 直樹 自由法曹団五月集会 三重・志摩で開催
自由法曹団有事法制阻止闘争本部 有事法制阻止のための行動提起
齋藤 園生 有事法制三法案を廃案に! −六月一四日は国会に行こう−
毛利 正道 コスタリカには、教師として学ぶ点と、 >反面教師として学ぶ点がある
小林 保夫 財界・政府の労働力政策と 教育政策の誤りを告発する(下)
大川原 栄 二つの署名のお願い 労働法制改悪に反対する「団体署名」のお願い
山田 泰 敗訴者負担制度導入に反対する署名取り組みのお願い

自由法曹団五月集会 三重・志摩で開催


事務局長  中 野 直 樹


 二〇〇二年の研究討論集会が、五月二六日、二七日の日程で、三重県志摩半島・賢島で開催された。参加は五二六名(弁護士三二五名、事務局一八六名、他一五名)であった。
 小泉内閣が四月一七日に有事関連三法案を国会提出し、一気に衆議院通過をはかろうと構え、それを阻止する国民運動戦線が全国的に急ピッチで構築されている、たいへん緊迫した情勢のもとでの開催であった。集会の直前に、都道府県レベルとして初めて三重県議会で廃案を求める決議が採択されたことも意義深かった。

二 一日目 全体会
 議長団として三重支部の福井正明団員、大阪支部の岩田研二郎団員が選出された。
 冒頭、宇賀神直団長から開会のあいさつ、三重支部・石坂俊雄団員から歓迎のあいさつがあった。続いて、来賓として三重県弁護士会の伊藤誠基会長から挨拶をいただいた。伊藤会長は、自由法曹団員がいまの弁護士会活動の中核をになっていること、日弁連理事会が有事法制反対決議をあげ、対策本部をつくり全国で運動を展開するよびかけをおこなっていること、この五月集会が有事法制を廃案に追い込む原動力となった集会になることを期待しているとの力強い発言をされた。
 篠原義仁幹事長は問題提起で、有事法制阻止のために自由法曹団が二月から特別体制をとって奮闘し、理論と運動の前線に出ていることを報告し、国民的な大闘争に結集するとともに専門家集団としての力量を遺憾なく発揮しようとよびかけた。司法改革の分野では、推進本部の事務局主導の姿勢を適切に批判し、ただす努力をするとともに、この集会で労働裁判、裁判員制度・刑事司法について団の制度設計案を煮詰めたいとの提起がなされた。さらにプレ企画で提起した民主的法律家集団の後継者問題について連続性・継続性・計画性をもって対処していきたいとの抱負が述べられた。
 浅井基文明治学院大学教授に記念講演をお願いした。演題は「アメリカと有事法制」。アメリカのユニラテラリズムは孤立主義と国際主義とが最悪の形で結合したもので、アメリカの利益を他国に押し付けることを何ら厭わない世界戦略であること、ブッシュ政権の軍事戦略は非合理性・感情むき出しのものであり、中国に照準を合わせたBDMは、防衛的ではなく攻撃型ミサイル構想であること、使える核兵器を真剣に考えはじめていること、を具体的に説明された。そのうえでこのアメリカが九四年北朝鮮危機、九五年台湾危機に際し、日本に兵站基地をつくれなかったことの反省にたち、新ガイドラインを策定した。しかし新ガイドライン・周辺事態法における日本の行為は、なお憲法上の制約の限定をうけ、専守防衛でなければならないこと、国連憲章を始めとする国際秩序を守ることを前提にしていることから、アメリカは先制攻撃戦略を貫徹できないという不満をもっている。
 浅井教授は、小泉政権がこのアメリカの要求に応え有事法制に走り出した理由として三つをあげた。一つは、九・一一事件発生後アメリカが最高度の臨戦態勢になったにもかかわらず日本が平時状態であったこと、二つめは、アジアは不安定地域でかつアメリカから最も遠方に位置し、同盟関係がもっとも重要になること、三つめはアメリカはイラクに武力攻撃を加えて政権を打倒した後に、北朝鮮の攻撃を計画していること。
 私たちが向き合っている有事法制阻止の課題が、日本とアジアの平和にきわめて重大な関係をもつことを改めて自覚させられる講演であった。

三 分科会 
 一日目後半、二日目午前に次の分科会に分かれて討議した。
( )内は参加人数である。
一日目
@有事法制の阻止と平和の構築をめざして(一九〇)
参加人数が多数予想されたため二つの分散会とした。 A司法改革をめぐるせめぎあいと私たちの労働裁判制度改革(七七)
B市民による警察改革と刑事弁護の交流(三三)
C規制緩和、誤った経済政策から市民、零細業者の権利をいかに守るか(一四一) 
二日目
D改憲の動きと憲法・平和運動の広がり(六七)
Eリストラ・合理化 大リストラ時代の到来と職場・地域からの反撃(一〇二)
F裁判員・刑事司法改革と裁判官改革を考える(八四)
G出席停止・不適格教員・学校週五日制をめぐって(五八)
H行政は変わったのかー自然破壊の公共事業を止める運動の現状と展望(三〇)
 外部講師として、教育分科会で全教本部から一名、現場から一名の教師に参加いただいた。
 分科会の数をあと二つほど増やすことも検討したが、委員会活動の実情もあり、九つのテーマとなった。参加が多い事務局員の興味のもてるテーマの設定に工夫を要する。

四 二日目 全体会
 分科会終了後一二時から一時まで全体会を再開した。かなりの参加者が全体会に残ったことが印象的であった。
 発言は、有事法制阻止に向けた運動に関するもの二名、教育基本法改悪問題に関するもの、薬害ヤコブ裁判の勝利解決の報告、司法改革に関するもの、プレ企画「これからの団を考える」の報告、後継者対策としてのプレ研修の活用の訴え、NTTリストラとのたたかいの意義と現状報告、中国残留孤児国家賠償裁判の準備と弁護団への参加の呼びかけの八本であった。このほかハンセン裁判、東京大気汚染裁判弁護団員からの発言通告があったが、時間の関係で紹介に留められた。
 全体会で次の決議が採択された。
 「有事法制関連三法案の廃案を求める決議」
 「インド洋に展開する自衛艦の即時撤退を求める決議」
 「司法制度民主化の推進を求める決議」
 「人権擁護法案に反対し、廃案を求める決議」
 「持株会社NTTの『違法・脱法』リストラに反対し、企業の社 会的責任を果たすことを求める決議」
 「京王電鉄の分社化リストラに反対し、違法行為の停止を求める 決議」
 「新横田基地公害対米訴訟の最高裁判決に対する抗議並びに公正 判決を求める決議」
 次回総会会場である岡山支部から、一〇月二七・二八日の総会の案内がなされ、最後に三重支部からの挨拶で集会を閉じた。

五 プレ企画
 前日二五日の午後には次の三つのプレ企画を行った。
@新人学習会
 村田正人団員(三重支部)が「産廃とたたかうー情報公開と水源保護条例制定運動」、国宗直子団員(熊本支部)が「ハンセン病訴訟を担当して」と題する講演を行い、それぞれ質疑応答を行った。三四名の新人が参加した。
A事務局員交流会
 坂本修団員(東京支部)が「自由法曹団関係各事務所の事務局労働者への私のメッセージ」と題する講演を行い、また名張ぶどう酒事件、ヤコブ薬害訴訟、えひめ丸被害者支援の運動に関わる事務局員からの報告を受けたあと、三つの分散会に分かれて交流した。参加者は一二七名であった。
B「これからの自由法曹団を考える」
 執行部と国際問題委員会で準備を進めてきた到達を、団の後継者問題の現状、修習生運動の取り組みと現状、民医連の後継者の取り組み紹介、ロースクール調査報告と提言、法科大学院をめぐる現在の状況、東大・「法と社会と人権」ゼミの実践、の六つのテーマで基調報告をした。
 この報告で参加者に共通認識をもってもらったうえで、意見交換を行った。研修所に入所する前の合格者を対象とするプレ研修の有効性と活用が確認された。法科大学院に団や民主的法律家団体がどのような足場を築くかについて経済問題まで踏み込んだ意見交換がなされた。この課題についての幹事長の抱負を実践に移していく計画と体制つくりが必要である。
 参加者は二四都道府県 七三人であった。

 この五月集会参加者数は過去三番目の多さである。弁護士参加者数はここ一〇年間で最多である。  私たちを迎えていただいた地元三重支部の団員と事務局の皆さん、そして準備・受付けの応援にかけつけていただいた地元国民救援会等の皆様に感謝申し上げます。


 五月集会で有事法制阻止闘争本部から提起された行動提起をその後の情勢の動きもふまえて紹介します。

有事法制阻止のための行動提起


自由法曹団有事法制阻止闘争本部


 私たちの一日いちにちの行動が大事である。各地でのマスコミへの働きかけも含めて有事法制関連三法案を廃案にするために考え得るあらゆる行動を起こそう。

団資料の活用
1、団作成のタブロイド(三万部完売)に続いてリーフレットが作成された(一〇万部)。
 国会会期末まで猶予はない。至急大量購入し、学習会、集会などで活用してほしい。
1、自由法曹団編ブックレット「有事法制 だれのため なんのため」の出版に続き、「有事法制のすべて」(新日本社)が出版される。広く活用してほしい。

職場・地域運動
1、各地の創意工夫により学習会の取り組みが職場・地域に大きく広がりつつある。組織・団体に属さない層にまで広がり、近所の奥さんたちが集まっての学習会も行われている。学習会は運動を広げる基本であり、全団員が団意見書も活用して学習会に取り組もう。
1、すでに地方自治体・議会への要請書を各支部宛発送している。三重県議会、京都乙訓郡大山崎町、東京小金井市では臨時議会を開催して反対決議をだしている。六月議会を念頭におき、全国の自治体が反対決議を出すよう工夫をこらして要請しよう。
1、全国各地で「草の根」からの反対運動が広がっている。それぞれの地域で連絡会の活動に積極的に参加し、国会論議の内容と情勢を伝え行動しよう。
1、団員の記者とのいろいろなつながりを生かし、団意見書などを活用し、中央で地方で有事法制の危険性をマスコミに訴えよう。
1、日弁連が反対決議をだした。二六の単位会では会長声明・決議が出されている。さらに多くの単位会で反対決議や声明を出すよう大いに奮闘しよう。

議員要請
1、直接議員に働きかける要請が重要になっている。六月一四日の団の国会要請に最大限参加するとともに地元議員事務所に対する要請を行い、議員出身地から国会への要請(署名、電報、要請文、意見メールなど)を行おう。

 団意見書はすでに第四意見書まででている。まだすべての団員には行き渡っていない。団ホームページからダウンロードし、あるいは各法律事務所で増刷し、学習会などに役立ててほしい。そして各地の活動を団本部に報告してほしい。団有事法制メーリングリストにも参加して(現在一一〇名が参加)大いに情報を得てほしい。


有事法制三法案を廃案に!

ー六月一四日は国会に行こうー


担当事務局次長  齋 藤 園 生


 有事関連三法案を巡る国会情勢は、大きく動いています。政府・与党は五月二〇、二一日地方公聴会、中央公聴会実施をきめ、強行突破を図ってきましたが、両公聴会とも一旦取消という異例の事態となりました。さらに、福田官房長官の「非核三原則」見直し発言、防衛庁の組織ぐるみの情報開示請求者リスト作りと、今まで有事法制の推進役であった官房長官・防衛庁には、国民の人権も、平和も守る気がさらさらないことが露呈されました。小泉政権はまさにガタガタです。民主党内からも有事法制三法案は廃案にとの声が出るようになり、朝日新聞も社説で「廃案に」と書きました。
 有事法制反対の声は確実に推進勢力をおしかえしつつあります。
法案の内容からみても、これまでの国会論戦からみても、有事法制の担い手たちの反国民的な正体からみても、法案の継続審議の余地はありません。
 闘争本部では六月一四日、五〇名規模での国会要請行動を行います。第四意見書「衆議院論戦を検証する」をもって、もう廃案しかないと訴えましょう。全国からの参加を呼びかけます。弁護士、事務局どなたでも結構です。会期末に向けて確実に廃案まで追い込めるように全力を尽くしましょう。


コスタリカには、教師として学ぶ点と、
反面教師として学ぶ点がある


長野県支部  毛 利 正 道


はじめに
 私は、今年二月のコスタリカ訪問・「軍隊を捨てた国」の上映運動・コスタリカのカルロス・ヴァルガス教授を当地に招いての五時間近くに渡る交流・昨年五月以来の各種文献調査・これらを踏まえての信頼できる中米研究者との再三の情報意見交換を経て、現時点で私なりに確信をもって言えることに絞って発言します。

第一 教師として学ぶ点
1 軍隊を廃止して、かつ容易に軍隊を持てるのに、五〇年間持たない選択をしつづけた。廃止の直接の動機であった、国民同志が殺しあわないようにしたいという点はこれまで実現してきている。また、九九年の警察費は、「GDPの三・五%」(ヴァルガス教授)とすると国民一人当たり一〇八ドル程度。日本は、警察・軍事あわせて、同六一二ドル、五・七倍。他国なら軍事費に使う国費を民生費に使った。ラテンアメリカ全体で識字率No.2・乳幼児死亡率は先進国並・医療保険完備で受診時医療費無料など、教育・医療・福祉の水準は、ラテンアメリカで上位クラス(但し、キューバ・ウルグアイ・トリニダードトバコなど他にも優れた国はある)。
2 その一環としての教育の重視。とりわけ、子どもに遊び・愛・自己実現の場を与える〜自己肯定感のある子を育てる〜他者への思いやりを育てる〜他国とその国民への思いやりを育てるという一連の思想が、五〇年以上重視されてきている。国民が、その結果、軍隊を持たないことを圧倒的に支持している。これは、実際の国民の声であり、また、九・一一テロ後の国政選挙でも、一〇を超える政党のどこも軍隊の創設や警察力の強化を政策に掲げるものはないことによっても分かる。自己実現の点では、国政選挙にも子どもが自由に参加できており、かつ、学校では、子ども会の役員選挙が毎年二週間にわたって盛大に繰り広げられる。主権者に成長する権利が重視されている。
3 選挙は、その実施機関・選挙最高裁判所が、独立性を有した、国権四権のひとつとして確たる地位を有しており、建物が公共建物の中で最大規模・選挙の登録実施集計システムがラテンアメリカTOPクラス・比例代表プラス選挙運動自由など国民の意思が反映しやすい・選挙が国民にとってフェスティバルになっている(日本の選挙は、差し詰め「お葬式」)など、選挙制度の民主主義度は、世界でも上位にある(ただし、実際に大統領に当選しているのは、左翼的とは到底言えない二大政党のみ。また、選挙資金については、大政党に有利になっている)。
4 全南北アメリカ諸国が加入する、集団安全保障システムとしての機能ももつ米州機構(OAS)―これは、アメリカの地域支配の道具として創設されたが、八〇年代以降、他の諸国がリードしてアメリカの支配に異議を唱えることも増えてきつつあるーに、軍隊を派遣しない条件で加入していて、一九四八年と一九五四年の二回の対ニカラグア紛争では、OASへの申立をなし、「軍隊を持たない国だからこそ持てる、軍事侵攻に抗議する権利」を駆使して、武力紛争の拡大を防いだ。

第二 反面教師として学ぶ点
1 コスタリカ政府は、一九七九年にニカラグア・サンディニスタ政権が生まれてからは、国民の声に押されて一九八三年の永世非武装中立宣言をなしたものの、ニカラグア政権の打倒を狙うアメリカの圧力に強く抵抗せず(一九四八年以降も七五年まで長期間社会主義政党を非合法としてきたコスタリカ内の反共主義も作用して)、中立を維持できなかった。具体的には、@ 反サンディニスタ武装勢力である私兵集団・ARDE(民主革命同盟)がアメリカから毎月四〇万ドルの支援を受けながら、コスタリカ領土内の基地からニカラグアに攻撃をかけることに対して、アメリカに対して明確に異議を唱えることなく、これを黙認した。A コスタリカの公安相が、CIAと協力して、コスタリカ領土内に、ニカラグア反政府勢力コントラ支援物資補給飛行場の建設を認め、実際に使用可能となった。
2 一方一九八九年一二月侵攻を柱としたアメリカのパナマ民族主義政権をつぶす攻撃との関係でも、パナマ国内の政情を不安定にして米軍が侵攻しやすくするため、CIAがゲリラグループを組織してコスタリカ領土内で訓練したが、コスタリカ政府はこれを認めていた。
3 このようなことをなぜ許したのか。コスタリカ政府は、一九八三年に、OASに対してニカラグア国境地帯に平和維持部隊の派遣を求めたが、これが実現しなかった(ようやく実現したのは六年後、一九八七年中米和平合意後の一九八九年一一月に国連中米監視団としてであった。その間ニカラグア政権は転覆をめざす攻撃に耐えるために国力の大半を注がざるを得ず、その為国民の支持を減らし選挙で敗北した)。これを見ると、地域集団安全保障機構としてのOASが、大国アメリカの意向に対向するほど成長をしていなかったことが分かる。
4 コスタリカ政府は、九・一一テロ後の九・二一OAS外相会議において、アメリカがアフガンへの報復攻撃を明言したあと、「アメリカの政策を全面的に支持する」と述べた。また、今年四月、CIAによるベネズエラクーデターの際、コスタリカは、クーデターを擁護する立場で動いた。中国ではなく、台湾と外交関係を結んでもいる。かなり深い親米外交である。
5 ここから日本国民として汲み取るべきことは、日本で軍事力を持たない政策を貫くには、政府とこれを支える国民がアメリカとも対等にものが言える存在に成長して日米軍事同盟を廃棄する必要があるとともに、紛争の種を無くすための地域の環境作りも重視して、北東アジア四カ国の安全保障対話の開始から、四国間相互不可侵条約の締結、ASEANと両立若しくは統合する地域集団安全保障機構(仮想敵国を持たず地域内の紛争を地域内で解決することを目的とするもの)の結成と質的強化(日本が軍事力を提供しないで加入することに反対する国はあるまい)が必要だということではないか。
6 日本国内でコスタリカを取り上げる際は、このように「何をどのように学ぶか」という視点から複眼的に見ていくべきであり、またコスタリカを訪問するときはコスタリカの左翼的少数政党とも交流して民衆と政府との対決点は何かについても学ぶことが有意義。


財界・政府の労働力政策と
教育政策の誤りを告発する(下)

ー財界の労働力政策と政府の教育政策との関連
及びその展開についてー


大阪支部  小 林 保 夫


五、日経連の「新時代の日本的経営」と教育政策
 このような財界の労働力政策・教育政策提言の延長線上に、私たちに周知の日経連の「新時代の日本的経営」(一九九五年)がある。
 それまでも、前述のような方向が目指され、具体化されてきたのであるが、現在の教育政策は、基本的にはほとんど全面的に、この「新時代の日本的経営」にいう労働力政策の提言に沿って具体化され、推進されているといっても過言ではない。
 この労働力政策の提言は、労働者を三つに分ける。その一番目は「長期蓄積能力活用型グループ」で、企業経営の幹部候補生的な少数の労働者で、雇用期間を定めないという意味で終身雇用とされる。二番目は「高度専門能力活用型グループ」とされ、これは高度・専門の労働者で、このグループの労働者は、三年とか五年の有期雇用を予定している。三番目は「雇用柔軟型グループ」と言われ、これはまさに一年契約の労働者であるとか、派遣、パートなど使い捨ての不安定雇用労働者、あるいはその予備軍である。この提起は、まさに労働力の流動化と言われる政策として、政府の関係労働法規の改悪を通じて、現在歯止めのない状態で進行しているものである。
 そのほか、この提言と同じ趣旨の提言としては、経団連の「創造的な人材の育成に向けて〜求められる教育改革と企業の行動〜」とか、社会経済生産性本部の「選択・責任・連帯の教育改革」などを指摘することができる。これらのなかに盛り込まれた提言のうち教育政策として具体化を必要とするものについては、その後の順次の中教審答申のなかに具体化されている。
 このようにして、財界の労働力政策に沿う教育政策に関する提言は、そのままほとんどすべて文部省(政府)の教育政策として具体化されているのである。行政の中で教育政策を立案したり提言をする審議機関には必ず、財界代表が入っている。
 例えば中央教育審議会、臨時教育審議会ー中曾根首相のときに「臨教審」といわれたものー、教育課程審議会、教育職員養成審議会、生涯学習審議会、大学審議会など、文部省(現在の文部科学省)のなかにいくつもの教育政策の検討、提言をしていく機関があるが、そのすべてに財界代表が選任されているのである。
 第十五期の中教審第一次答申は、まさに学校の「スリム化」だとか、「生きる力」など、先に指摘したような経済同友会の提言がほとんどそのまま取り込まれている。また第二次答申の中には、「学校選択制」、「中高一貫制」、大学入学飛び級制度などが提起されており、その後制度として具体化されているのである。さらに、一九九八年九月、「今後の地方教育行政の在り方について」という中教審の答申が行われているが、ここでは、「特色ある学校づくり」、学校における校長のほとんど独裁的とも言えるような権限の強化、他方では、従来は学校における民主的な合議機関とされ実質的に大きな機能を果たしてきた職員会議の諮問機関化などが提起されていた。そして、今では、この答申に基づいて、多くの都道府県で「特色ある学校づくり」が競われ、また東京をはじめ全国のほとんどの都道府県で、学校管理規則のなかで「職員会議は諮問機関である」と明記される状況になっている。さらに、校長に民間人を登用することが提起され、すでに企業出身の高等学校の校長が生まれている(例えば奈良県における「そごう」百貨店の元管理職の転進が大きく報道されたことは耳新しい)。ヨーロッパ・アメリカなどでは、校長はとりわけ高い教育知識や経験を持ち、かつ校長になるにあたってはさらに研修期間を要するというほど重要な専門職とされている。ところが、日本では、教職員の管理について民間企業の人事管理、評価システムなどの経営手法を取り込むことが既に実際に進行しているのであるが、校長についても民間経営の手法(例えば教職員の人事管理・競争意識)を取り込んで学校経営をいかに能率化するかなど学校経営の活性化に手腕を発揮してもらうのだとという。
 あるいは、教育改革国民会議は、教育を変える十七の提案を提起しているが、そのなかにも、同じ趣旨の提言が掲げられている。
 財界提言の具体化としては、教育制度については競争原理(学校間の競争)、企業経営システム、エリート養成、また学校運営については、学校の経営体としての把握、教職員への成績主義の導入があり、カリキュラムについては基礎教育の縮小・軽視、すなわち不安定雇用労働者の育成に沿うような、そういう教育内容で足りるとする仕方が行われる。例えば履修科目を縮小するとか、履修科目を選択制にするとか、それを高校だけでなく中学校さらには小学校など低学年にも導入する、あるいは習熟度別学級を導入する。あるいは、単位制高校という制度を導入し学級制度を廃止して、ただ必要な教科の単位として取得することで足りるとし場合によっては各種学校や塾で取ってきたものでも単位として認めるという状況が進行しているのである。
 「新学力観」に基づく学力評価や受験制度も、私の見方から言えば、基礎学力の習得を放棄する考え方である。基礎的な知識をどれだけ習得したかということ、それから意欲や態度、本来教育はこの二本立てが必要であると考えるべきであるにもかかわらず、文部科学省(政府)の政策は基礎的な知識を子どもたちに等しく身につけさせることは棚上げして、「意欲」「態度」「関心」が子どもたちの発達を計る物差しだというのである。大学受験科目の縮小・廃止は、もちろん大学の経営政策もあるであろうが、基本的にはこのような財界・政府の教育政策を反映していると考えざるを得ない。
 また、民間学習産業の公教育への参入の容認なども、財界提言の具体化として、中教審などの提言を通して、ストレートに文部省(政府)の教育政策として具体化されている状況である。

六、人づくり政策における国家主義的動向
 次に私は財界・政府の教育政策のもう一つの柱である労働者づくり、人づくり政策における国家主義的動向を指摘したい。
 一九五五年(昭和三十年)頃以降、教育委員の公選制から任命制への中央集権的な改悪、教員の勤務評定の導入、学習指導要領についての「手引」から法的拘束力のあるものとする解釈への変更など一貫して教育における管理統制の政策が進行していることはいまあらためて指摘するまでもない。このような管理統制強化の流れのなかで、教育における日の丸・君が代の異常な強制、東京都における成績主義導入などの施策が進行し、さらに最近では、国旗国歌法の制定、教育基本法改悪をめざす方向での論議、さきの教育改革関連三法の成立など、いずれも国家主義の立場から教育制度や教育内容の改変をめざす動きが加速している。例えば、「社会奉仕活動」という教育改革国民会議における曽野綾子氏の矛盾に満ちた提言が政策に取り込まれようとしているが、佐藤学教授は、これは徴兵制の布石であろうと警戒している。つまり、「社会奉仕活動」を強制することによって、徴兵制を敷いた場合、徴兵制を拒否した者に対しては「社会奉仕活動」という形で社会への奉仕を義務づけることにつながるという。また、「問題のある生徒」を学校から排除することが可能になり、あるいは高校や中学校の学区制を撤廃ないし緩和する、「問題教員」を教育現場から排除する、こういう施策の立法化も教育における国家主義的動向との関連においても留意されなければならない。さらに、「つくる会」歴史・公民教科書の検定合格・採択キャンペーンやこれに対する文部科学省(政府)の呼応も、顕著な国家主義的動向の一つとして挙げなければならない。以上に指摘したように、財界の労働力政策に対応する新自由主義的な教育政策と国家主義的な教育政策が癒着し、相互に補完し合って政府の教育政策として取り込まれ、進行しているというのが現状である。

七、教育における思想と政策の転換に向けて
 最後に、このような教育政策の転換に向けての私のささやかな意見を述べたい。
 私も「学ぶ」ことの意義についての思想と政策の転換がなされるべきであると考えるひとりであるが、その基本は、教育基本法第一条(教育の目的)に掲げられるような人間像が目指されるべきだという点にある。この点については、『世界』(二〇〇〇年五月号)は、スウェーデン、韓国など幾つかの国における学び、教育をめぐる問題を取り上げているが、そのなかで神野直彦東京大学経済学部教授は、「開花した『学びの社会』」として、スウェーデンにおける「学びの社会」の経験を取り上げている。私は、この報告に深い感銘を受けた。
 神野教授が紹介されたスウェーデンの「学びの社会」のあり方は、わが国の労働力政策や教育の問題を考えるうえできわめて有意義で示唆的である。同論文で同教授は「『天国への道』を歩むのか、『地獄への道』を歩むのかの運命の岐路は、『学びの社会』への道を歩むのか否かにかかっている。」、「(この選択の違いによって)日本は景気回復にも財政再建にも失敗し、『地獄への道』を進んだのに対し、スウェーデンは、景気回復にも財政再建にも成功するという『天国への道』を着実に歩んだからである。」、「スウェーデンでは、人間が『学ぶ』ことによって能力を高めれば、雇用され、所得間格差も縮小し、生産性が向上していくと考えるのに対して、日本では人間が学ぶことを否定しようとする。というのも、人間をコストを高める妨害物と見做す日本では、可能な限り『学ぶ』ことのない人間でも遂行できるような単純な職務に分解して、労務コストを低めることに全力が傾けられるからである。」、「とはいえ、スウェーデンでは、経済成長という目的の手段として人間の『学び』を位置づけているわけではない。」、「むしろ人間が人間として成長していくプロセスである『学び』こそが、スウェーデンでは社会の目的として位置づけられている。」、「(教育原則と活動原則)こうした二つの原則の背後理念は……人間がそれぞれ掛け替えのない能力を高めれば、経済成長、雇用確保、社会的正義(所得平等)という三つの政策課題の同時達成が可能との信念である。企業も教育休暇を与えて、自己実現欲求の充足を図ろうとする。」と指摘される。
 このような見地は前述来の財界の人間観、労働力政策、教育政策の展開に対して、完全に対極にある対照的な考え方である。
 わが国の現実に即した教育改革の具体的なあり方については、例えば佐藤教授、苅谷教授、池上教授が「教育改革の処方箋」を発表されている(『世界』二〇〇〇年一一月号)。  そこでは、学校、親、地域が、現実にどんな方向と方法で、どう取り組むべきかということを具体的に提起されている。
 結論的にいえば私は、人間という存在をどう見るかが教育といういとなみの基本的な出発点であり、今日のわが国の財界・政府の前述のような労働力政策・教育政策もその人間観によって基本的に規定されており、このような人間観を根本的に転換し、例えばスウェーデンについて指摘されたような「学びの社会」が目指されることが必要であると考えるのである。


二つの署名のお願い

労働法制改悪に反対する
「団体署名」のお願い


担当事務局次長  大 川 原  栄


 現在、労働法制中央連絡会(自由法曹団も団体加入)が同封の「労働法制の改悪に反対する要請書」について団体署名を集めています。 政府は三月二九日付「規制改革推進三カ年計画(改定)」に基づき、解雇基準の恣意的ルール化、労働者派遣業種の拡大、裁量労働制の一層の緩和等を狙っています。暴走するリストラ・合理化に歯止めをかけ、適正な労働のルール確立に向けた団体署名への御協力をお願い致します。
 各法律事務所でまず署名をしていただき、六月末期限で自由法曹団に送付ください。  さらにそれぞれの友好団体にも広めていただき、七月末期限でやはり自由法曹団にお届けいただけると幸いです。


敗訴者負担制度導入に反対する
署名取り組みのお願い


担当事務局次長  山 田  泰


 現在、労働法制中央連絡会(自由法曹団も団体加入)が同封の「労働法制の改悪に反対する要請書」について団体署名を集めています。 政府は三月二九日付「規制改革推進三カ年計画(改定)」に基づき、解雇基準の恣意的ルール化、労働者派遣業種の拡大、裁量労働制の一層の緩和等を狙っています。暴走するリストラ・合理化に歯止めをかけ、適正な労働のルール確立に向けた団体署名への御協力をお願い致します。
 各法律事務所でまず署名をしていただき、六月末期限で自由法曹団に送付ください。
 さらにそれぞれの友好団体にも広めていただき、七月末期限でやはり自由法曹団にお届けいただけると幸いです。