過去のページ―自由法曹団通信:1560号      

<<目次へ 団通信1560号(5月11日)


神保 大地 *北海道特集・その四*
衆議院北海道五区補選の経験
〜市民が変える、政治を変える〜
並木 陽介 日本IBMロックアウト解雇(一次・二次)訴訟勝訴判決と仮執行のご報告
一木  明 今市事件の判決不当判決について
  「松川資料をユネスコ世界遺産に」(寄稿)
山下  潤 リニア中央新幹線は経済合理性のない乗り物
〜リニアは絶対にペイしない〜(上)
坂 勇一郎 「倉敷民商弾圧事件の勝利を目指す全国連絡会」の結成総会
久保田 明人 刑訴法等改正案に反対する再審無罪事件
弁護人の共同アピールを発表しました。
久保田 明人 『安倍政権の労働法制大改悪に反対する
四・二一院内集会』を開催しました。
後藤 富士子 「家族の自治」を求めて
―家父長制から国家直轄へ
荒井 新二 自衛隊の国民監視差止め裁判の院内集会での発言



*北海道特集・その四*

衆議院北海道五区補選の経験
〜市民が変える、政治を変える〜

北海道支部  神 保 大 地

 四月二四日開票の北海道五区補選。全国的に注目されていると思いますので、簡単ですが、江別市出身で選挙期間中厚別区に滞在していた神保の個人的経験と感想をご報告します。
一 統一候補が決まるまで。
 多くの市民や市民団体が野党の統一候補擁立を願っていましたが、政党間の協議が進まず、じれったい状況でした。そこで、戦争法廃止・野党共闘を訴える街頭宣伝を行いました。主催はUnite&Fight Hokkaido(ユニキタ)・安保法制に反対するママの会@北海道・北海道内の大学・高専関係者有志アピールの会の三団体(以下「三団体」といいます)です。この三団体ほか、SEALDsの諏訪原健氏らからもスピーチをいただきました。この街宣とあわせて、野党各党に「戦争法廃止」を中核とした野党共闘を実現してほしいと要請に行きました。こういった活動がマスコミに取り上げられたことにより、市民の願いが可視化され、野党の統一候補擁立の一助となれたのではないかと思います。
二 統一候補擁立後告示まで
 二月一九日の統一候補誕生ののち、市民団体を集めての決起集会が開かれました。ここには、選挙区内の多くの市民団体から四〇〇名超が集まり、政党だけではなく多くの市民団体が池田まきさんを応援していることを明確に示せたと思います。
 その直後、民主党・共産党・市民が一同に集った会議(以下では「合同会議」と言います。)が開かれました。しかし、ここでは、池田まきさんのスケジュールがほとんど明らかにならず、市民が何をするべきかといった打合せができませんでした。また、若年層向けの対策が無いことが明らかになり、ユニキタやママの会から、HPの拡充・動画の配信・フライヤーの検討などの注文が出されました。
 また、野党共闘をアピールすべく、三団体主催で、街頭宣伝を行いました。今度は、野党各党の議員からスピーチをいただくという形をとり、市民・野党議員に囲まれる池田まきさんの画を作ることができました。
 さらに、三団体で、厚別区の選挙管理委員会(以下「選管」といいます。)に、区内の大学に期日前投票所を設置することの要請に行きました。事前に今更変えられないので無理だと言われていましたが、選管の委員から「ちゃんと検討すべき」という意見が出たため、大学と実際に交渉して設置の可否を決めるということになりました。結局、安全確保が困難であるとして設置は見送られましたが、メディアに取り上げられたので、選挙の公報にはなれたと思っています。
 その後、自衛隊人権弁護団北海道として、自衛隊関係者の方の声を集める緊急相談を行い、夫や息子を危険な目に遭わせたくない、人殺しをさせたくないという悲痛な訴えを聞きました。この取組は、弁護士ならではの取組であったと思います。
 四月に入り、自衛隊の街千歳において、鳥越俊太郎さんらをお招きしての大集会が開催されました。三七〇〇名を超える市民が集まり、アベ政権の打倒のための意思確認がなされました。これが、今回でもっとも多くの市民が集まった集会でした。
四 告示後
 告示後は、日々の街宣のスケジュールが大まかに明らかになりましたが、それが応援する市民全体にはいきわたらなかったため、池田まきさんが一人でさみしく街頭演説をする、という状況が繰り返されました。
 市民は、電話がけをすることはもちろん、交通量の多い道路沿い・ショッピングセンターや駅さらには期日前投票所付近でのスタンディング(投票に行くことを呼び掛けるボードを持って)を行いました。
 また、期日前投票などを説明したパンフレットのポスティングもやりました。このパンフレットは、純粋に投票の方法だけを記載したものなので、今後は、投票する意義を図示したフライヤーがあってもいいなと思いました。
 選挙区外でも、札幌駅など選挙区内からの通勤客の多いところで、選挙があることをアピールする街頭宣伝が繰り返し行われ、また戦争法廃止や野党共闘をアピールする街頭宣伝が行われました。
 選挙戦最後の日曜日、雨の中、市民が主役の街頭宣伝が行われました。これは、政治家や候補者が市民に一方的に語るのではなく、市民が三六〇度囲んだ中に池田まきさんにいてもらって、なぜ池田まきさんを応援するのかを市民が口ぐちに訴えるものでした。これは、政府や政党が政治を行うのではなく、市民が政治を行う、市民が政治を変えるというイメージを明確に可視化したもので、大きなインパクトを与える画となりました。雨天で参加者が一二〇〇名程度にとどまったのが残念でなりません。
 同様のイベントは、開票日前日の二三日にも行われました。これら二つのイベントを通じて、市民の輪の中に池田まきさんがいるという画を映し出すことができたと思います。
五 感想
(1) 公選法に疎い。これは、私だけの悩みではないと思いますが、今回ほど自分の勉強不足を悔いたことはありません。京都支部の方々に個別にご相談させていただくことがたびたびで、ご迷惑をおかけしました。選対とは別に弁護士が見解を述べることが適切とは思いませんが、弁護士のハズの私が何もアドバイスができないというのはかなり格好悪かったと思っています。
(2) 公選法はひどい。市民が政党公認候補と対決するにあたって、不利すぎます。選挙活動の自由がなさすぎます。制約に合理性がなさすぎ(活動している誰もが納得していない)です。今後は、弁護士団体が公選法改正に意見を出す必要があると思います。
(3) 共産党はすごい。民主党の中には、共産党の方を「シロアリ」と言う人もいますし、「共産党がいると票が減る」と言う人もいます。与党には「野合だ」という語意を知らずに非難する人もいれば、「暴力革命の方針に変更はない」などと時代錯誤の見解を述べる首相もいます。しかし、共産党の方々は、ぶれずに懸命に池田まきさんの当選のために、身を粉にして活動されていました。各イベントで民主党よりも共産党の方が多かったという声があったのも納得です。
(4) 動画とその書き起こしは重要。メッセージを伝えるのに、動画とその文字起こしは、非常に有益なツールでした。かなり外部の力に頼っていた面がありますが…。
 ほかにも、感想はいろいろございますが、結論として、市民・政党が結集できる候補者がいれば、紆余曲折があるにせよ、戦争法廃止への運動を前進させることができるということは間違いないと思いました。そして、市民が弁護士の参加を心待ちにしていることも間違いないようです。
 最後に、この選挙に関し、全国各地からさまざまな形で応援いただきましたことを、あらためてお礼申し上げます。


日本IBMロックアウト解雇(一次・二次)訴訟勝訴判決と仮執行のご報告

東京支部  並 木 陽 介

一 勝訴判決!
 本年三月二八日、IBMが五人の労働者に対して行った能力不足を理由とする解雇について、いずれについても「無効」とする判決を下した。
 この解雇は、二〇一二年から突如IBMで始まったリストラ手法である。これは、終業時刻間際になって解雇を通告した後、直ちに荷物をまとめて帰宅するように指示し、退社するまで労働者を監視するものであり、労働者が同僚らに挨拶する間も与えられずに社外に追い出される様子から、「ロックアウト解雇」と称されている。このようなロックアウト解雇は、一律に抽象的な解雇理由が告げられ、同じ態様で多くの労働者が社外に追い出されている。
 会社全体の被解雇通告者が五〇名いる中、解雇通告当時、組合員であった者が三四名であり、まさに組合員を狙い撃ちにしたものであった。原告らには会社が主張するような業績不良などの事実は一切なかったにもかかわらず、会社は、人員削減と労働者の「新陳代謝」を図るために、業績不良という口実をでっちあげて解雇したものにほかならない。これは長年に渡ってリストラに反対してきた労働組合の弱体化を狙って実施された解雇であり、米国流の「解雇自由」に基づくIBMによる日本の解雇規制法理に対する挑戦でもあった。
二 判決の内容
 本判決は、いずれの原告についても、各原告らのそれまで挙げて来た業績や、各原告に対してなされた低評価が相対評価に過ぎないこと、職種や勤務地限定があったと認められないことなどを指摘して「そうすると、…その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格、一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上でのさらなる業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇は…無効というべきである。」と判示して、全ての原告の地位確認とバックペイの支払いを認めた。
 本判決がIBMによる日本の解雇規制法理への攻撃を退け、安易な解雇を否定した点だけでなく、上司が組合に対する否定的な評価の発言をしたことを認定している点については高く評価できる。
 他方で、原告側は、その業績不良がないことを主張立証したにもかかわらず、判決では一定の業績不良が認められるとしている点は不当である。また、組合に否定的な上司の発言が解雇の判断に直接つながるような内容ではないとして不当労働行為性を否定し、またロックアウト解雇の手法についても違法性を認めず、原告らの求めた損害賠償請求を退けた点は不十分な判断である。
三 仮執行
 原告側は、勝訴判決が下された後、直ちに仮執行に着手した。
 事前には、東京法律事務所のベテラン事務局なども交え、日程の確保、仮執行申立書の作成、判決書が被告に送達されなかった場合の手当などについて、十分な議論と準備を行った。
 仮執行の現場では、原告労働者や私たち代理人も立ち会うつもりでいたが、IBM側が拒否したため、結局立ち会うことはできなかった。しかしながら、仮執行場所であるIBM本社前では、組合が勝訴判決報告、及び仮執行を行っている旨の本社前宣伝を行い、十分な意義があったと思われる。仮執行の結果、IBMが所有していた絵画四点合計四〇〇〇万円相当を差し押さえたことも大きな成果である。
四 今後について
 IBMに関する紛争は、本件のみならず、ロックアウト解雇三次〜五次訴訟、賃金減額訴訟、不当労働行為事件(都労委)など、多数存在する。
 ロックアウト解雇が不当労働行為であることは明らかであり、これが否定されたまま確定させることはできないため、この点については控訴して争う予定である。
 IBMの不当な組合攻撃とリストラをただすべく、他の紛争とともに今後も闘いが続くので、多くの支援をお願いしたい。なお、本件一連の事件については、岡田尚、水口洋介、大熊政一各弁護士をはじめとして、多数の弁護士で取り組んでいる。


今市事件の判決不当判決について

栃木県  一 木   明

一 事件の特徴
 今市事件とは、二〇〇五年一二月に、栃木県旧今市市で小一女児が下校中に拉致され、翌日に茨城県常陸大宮市の山中から全裸死体で発見された事件である。勝又さんは、多数の容疑者の一人として、二〇〇七年一月までに、三回にわたり住居に警察官の訪問を受けて事情聴取されたが、その後は二〇一三年六月まで、何らの捜査も受けていない。ところが、七月から突然に身辺調査が開始され、その中で母親の商標法違反事実(偽ブランド品の販売等)が発覚し、勝又さんも二〇一四年一月二九日に同法違反(所持罪)の共犯で逮捕された。典型的な冤罪捜査のパターンを踏んでいる事件である。
二 自白の強要
 検察は、二月一八日に勝又さんを商標法違反で起訴したが、同日から殺人罪の取調べを開始し、午前中に自白を得た。その取調べは録音録画されていない。勝又さんは、自白後直ちに国選弁護人に接見要望を出し、午後に接見を受け黙秘のアドバイスを得て、夕方からの取調べでは黙秘した。
 以後、警察からの『「○○ちゃんを殺してゴメンナサイ」と五〇回言わないと夕飯ぬき」等の強制による取調べを受け、また顔にビンタされる暴力も受けた。他方で、「否認すると死刑まであるが、自白すれば二〇年。仮釈放でもっと早くでられる」との利益誘導も受ける。検察の取調べでは、暴力こそなかったが、黙秘権を使いたいと主張する勝又さんに対して、「卑怯」「ズルイ」「図々しい」「セコイ」「そんな様子を録画しているから、全国民に見せたい」等と延々と人格攻撃を続け、ついに三階の取調室の窓に向かって腰縄付のまま突進し、自殺未遂を行うほどの自白強要を行った。
 検察の取調べは二回目以降は録音録画されているが、この時期の警察の取調べは、別件勾留による任意の取調べであるとの理由で、一切、録音録画されていない。
 勝又さんは、全面否認すると耐えられないほどの厳しい取調べを受けるが、拉致やわいせつ行為などを認めると厳しさが緩和されるとして、一部を認める供述を続けていた。弁護人にも、自白強要を受けていることや、一部自白が虚偽であることは言えなかった。そして、六月に殺人で再逮捕されると全面自白し、直後に弁護人の接見を受けて一旦は撤回したが、二〇日から全面自白の検面調書を作成した。
 なお、殺人で逮捕後は、警察の取調べも録画された。
三 判決の構造
 勝又さんを犯行と結び付ける客観的証拠として検察が提出したもののうち、多少でも意味の有りそうなものは、事件発生日の翌日未明に勝又さんの使用していた車両が宇都宮市東部から東方へ向かって走行し、約四時間後に戻って来たというNシステムの記録と、七一グループに分類されるというネコのDNAの特定領域の塩基配列につき、死体に付着していた獣毛様のものが勝又さん宅のネコの毛と同じグループに属するとのミトコンドリアDNAを使用した鑑定結果の、精々、二点程度である。判決も、当然のことながら「客観的証拠のみから被告人の犯人性を認定することはできない」と認定している。
 他方、自白につては、恫喝や暴行や利益誘導を取調官が明確に否定した等の理由から任意性があり、取調官の誘導の形跡がないのに、殺害の位置や刺突回数などの供述が具体的で客観的事実に合致しているから信用性があるとして、全面的に採用した。したがって、この判決は、自白のみにより事実認定したに等しいのである。
四 録音録画の機能と限界
 検察は、検面調書作成時の録音録画を、任意性と信用性の証明だけでなく、実質証拠としても申請した。弁護団は、実質証拠とすることに強硬に反対したため、実質証拠の立証趣旨が削除された。弁護団が任意性と信用性立証のための申請に反対しなかった理由は、そもそも「取調べの可視化」がそれを目的に進められてきたものであり、不利益事実の承認であるから任意性があれば採用される性格を持っている以上、反対しても申請が却下されるとは思えなかったからである。採用を予想しながら反対するよりも、自殺未遂や黙秘権侵害が記録されている録音録画を再生させた方が得策と判断した次第である。
 しかし、結果は、裁判員が判決後の記者会見で「録音録画がなかったら判断はできなかった」「なかったら判決がどうなっていたかわからない」と述べたような、強烈な効果を発揮した。つまり、客観的証拠が存在せず、自白のみによる判断を迫られた本件において、録音録画は有罪認定に決定的な役割を果たしたのである。
 録音録画には、被告人が呻吟したり、逡巡したり、長時間うつむいた後に自白する様子が写っているが、それが反省の後に決心して真実を語る姿なのか、それとも諦めてウソの自白を開始する姿なのかの回答までは写っていない。ましてや一部の録音録画であるから、その直前まで警察に心身共に痛めつけられて人格的に屈服させられた場面も写っていない。しかし、涙を流しながら殺害の様子を語り、反省を述べるくだりまでついている実写映像のインパクトは、極めて大きい。過去における冤罪の判例や虚偽自白の実例等の知識のない裁判員が、任意性や信用性があると感ずるのは極めて自然である。取調べ状況の録音録画がこのように使用されるのであれば、「自白から客観証拠へ」という刑事裁判の流れを一挙に逆戻りさせかねない。
 私の理解では、そもそも「取調べの可視化」は、捜査過程を監視することにより違法不当な捜査をなくすために進められてきたはずだが、そのための手段としての録音録画の証拠法上の扱いについては、やや無頓着であったように思う。取調官と被疑者との間には、法的地位やそれに基づく心理状態、知識や経験等の点において天と地ほどの差異があり、仮に全過程の録音録画がなされても、その下で被疑者をコントロールすることが不可能ではないと思われる。録音録画のもつ強烈なインパクトとその内容の危うさのアンバランスは、実質証拠として使用することに躊躇いを抱かせずにはおかない。また、録音録画により心証を形成することは、公判中心主義にも反するように思う。一部の録音録画でなく、全面かつ全過程の録音録画を求めるのは当然であるが、それが実現しても問題が解決する訳ではない。録音録画を実質証拠として使用することの禁止はもとより、実質証拠と信用性立証の区別が極めて困難であることを理由として信用性の立証のためにも禁止し、任意性の立証に限る立法的措置を求める必要があるのではないだろうか。それがあれば、捜査過程の監視機能としては十分のように思える。
 この事件を担当して、それらのことを痛切に感じた。


「松川資料をユネスコ世界遺産に」(寄稿)

※登録をめざす運動の共同代表世話人会が、さる三月三一日に開催された。ここでは、(1)登録までのロードマップ、(2)松川資料に関する福島大学との協議、(3)今後の運動と募金など、登録運動の大綱について話合われた。特に、若い世代に「松川」の歴史を広めていくことの重要性は、共通の認識であった。今般、共同代表世話人の一人である新倉修教授から団通信へ寄稿をいただいたので、掲載させていただくこととした。
東京支部  豊 田   誠

新 倉   修
(青山学院大学教授・国際法律家協会元会長)

 福島県にある東北本線・松川駅近くで蒸気機関車に牽引された列車が脱線転覆した松川事件が起こってからもうすぐ七〇年、古稀を迎える。国鉄総裁の怪死、三鷹駅での電車の暴走と並び、いずれも社会の動脈と呼ばれる国有鉄道(国鉄、現在のJR)が絡んでいる。
それから一二年経ち、一九六一年八月八日、仙台高等裁判所第一刑事部の門田實(もんでん・みのる)裁判長は、一七人の被告人全員に対して、原判決を破棄し、無罪を言い渡した。最高裁が上告を棄却して判決が確定するのにはさらに二年の歳月を要した。無罪判決をめざして奮闘した活動家は、次のような詩を残している。
 「私は/何かをしなくてはならぬ/いつの日か/日本の子供たちに/松川のことを聞かれたとき/日本の親たちが/決して、日本人として/恥ずかしいような生き方をしなかった/といえる/何かをしなくてはならぬ/(中略)/いつの日か/日本の子供たちに/日本の歴史を聞かれたとき/即座に/一九六一年、松川勝利の日/と、いえるように/私は、今何かをしなくてはならぬ」(たむら・ゆりこ「そのときのために」『松川十五年』労働旬報社、一九六四年)
 歴史が時の権力者に都合よく書き換えられないようにするためには、私たちは何かをしなければならない。アンネの日記が、密告者の素性がいまだに十分に解明されていなくても、悲惨な境遇に決して屈しなかった少女の記録として、ユネスコの世界記憶遺産に指定されたことは、そのような試みの一つでもある。少年法が施行された一九四九年に、次々と発生した「怪事件」のうち、松川事件は、少なくとも国労・東芝労組の被告人全員が無罪となったという点で、画期的であり、アリバイ証拠となった「諏訪メモ」、犯行に使われたとされた片口スパナや自在スパナ、線路の継目板などの証拠群は、決して風化させてはならない冤罪の証明を物語るものである。さらには、無罪判決を言い渡した門田裁判長の手控えや最高裁調査官の報告書などは、貴重な裁判資料である。また、松川裁判への支援活動が、作家・広津和郎の文筆活動(広津和郎『松川裁判 上・中・下』中公新書一九七七年)に多くを負っていることは広く知られているが、大衆的な裁判闘争と命名された広汎な国民的基盤に根ざした支援活動の「火種」が「松川守る会」であることや、この「守る会」が当時全国各地に存在した結核療養所で生まれたことは、あまり知られていない。作家・里見淳が執筆し、志賀直哉、丹羽文雄、井上靖、川端康成、佐藤春夫、野上弥生子、大佛次郎、松本清張らが名を連ねた最高裁判所宛の要請書、民法学の大家・末川博が起草し、京都の大寺院の管長や俳優など著名人の連署した早期判決の要請書など、運動の広がりと強さを示す文書は多数ある。関与した弁護士は、延べ四〇〇名を優に超え、大規模な弁護団を支えて、膨大な書面を複写・配布・管理する労苦は、並大抵のものではなく、無罪判決の喜びはひとしおのものがある。しかも、国内の闘いだけではなく、当時の社会主義国やフランス、イタリア、アメリカなどの労働組合や救援組織へも働きかけて、国際連帯活動を重視し、松川映画の海外上映や国際統一行動デーを繰り返し組織して、多角的な運動を継続して展開したことも、重要な教訓である。ここには、国連憲章が「われら人民は、……戦争の惨害から将来の世代を救い」と宣言したことを実地のうちに生かす工夫と努力が見られる。
 現在、松川事件・松川裁判の資料は、国立大学法人福島大学のご厚意で、同大学図書館に付属する「松川資料館」に所蔵され、整理作業が継続して行われている。資料を公開するだけでなく、膨大な資料から浮かび上がるものは、政治的謀略と卑劣な犯罪に対する草の根民主主義の裁判闘争に支えられた堅実な法廷活動という姿であり、これは、末代まで伝承でべき重要な価値がある。地代の闇を切り裂く一筋の光が、どれほど多くの犠牲を払い、どれほど多くの誠意と熱意によって支えられ、生まれたばかりの刑事訴訟法の下で、大きな時代的な制約の前に立ちすくむ法律関係者を督励し、証拠開示などの先進的な実例を切り拓き、弾圧事件・冤罪事件などの取組にどれほど大きな影響力を与えたかは、実例を通して、たえず学ぶべきものである。また松川資料には、国民の一人ひとりに主権者としての責任と誇りを呼び覚まさせるホイッスルとしての貴重な役割が期待できる、と言っても過言ではない。
 ユネスコの世界記憶遺産に登録されるには、たいへんハードな道程が予想される。審査に一年を要するとみて、国内の推薦手続きをクリアしなければならず、また世界記憶遺産にふさわしい資料の公開性を確保するために、膨大な資料の整理・展示・広報に倍旧の努力を払わなければならない。すでに「松川資料ユネスコ世界記憶遺産登録を推進する会(略称・推進する会)」が組織され、各界から約二六〇名の呼びかけ人が名乗りを上げて、松川事件七〇周年にあたる二〇一九年登録認定をめざしている。奇しくも二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックの前年にあたるが、戦後史に刻まれた冤罪事件・謀略事件という「黒い霧」に挑み、「公正判決」を求める国民運動を組織し、無罪判決を勝ち取り、さらには真相究明にまで踏み込んだ歴史は、法律家のみならず、市民の一人ひとりが我がごとのように受け止めて、公正な裁判を実現し、歴史の闇を照らし出す教訓として、長く記憶にとどめておく世界的価値がある。このような事業には、二〇〇〇万円に及ぶ資金が必要である。そのすべてを個人の寄付に頼らざるを得ない。そこで、一人ひとりが持っているネットワークの力を生かして、卑劣な犯罪の犯人だという濡れ衣に対して、真相を解明して公正な無罪判決を勝ち取った不屈な市民の記録として、長く歴史に留める運動に参加することを強く訴えたい。
 「真実をわれらに!」と古来、詩人はかく呼びかけている。


リニア中央新幹線は経済合理性のない乗り物
〜リニアは絶対にペイしない〜(上)

長野県支部  山 下   潤

一 はじめに
 リニア中央新幹線で用いられる車両は、一般的には、路盤(底面)から一〇cm浮上し、左右の側壁(ガイドウェイ)からもそれぞれ一〇cmずつ反発し、空中に浮上して進行すると考えられていますが、そうではなく、常に空中に浮上して進行するわけではありません。車両が時速一五〇kmを超えるまでは、路盤に接触する支持輪と、側壁に接触する案内輪を用いて進行するのです。そして、時速一五〇kmを超えると浮上する。いわば地底のトンネル内を超低空で進行する飛行機のようなものなのです。このような飛行機もどきの代物ですが、リニア中央新幹線も、鉄道事業法施行規則四条七号の「浮上式鉄道」として「鉄道」の仲間入りを許されています。
 したがって、リニア中央新幹線も鉄道事業法に則りその要件を満たさなければ事業を行えない(と少なくとも我々弁護団は考えています)ところ、鉄道事業法五条一項一号に「その事業の計画が経営上適切なものであること」という要件があるので、今回国土交通大臣が認可した品川・名古屋間のリニア中央新幹線の事業も「計画が経営上適切なもの」でなければなりません。
二 鉄道事業法五条一項一号の解釈
 「事業の計画が経営上適切なもの」であるためには、(1)その事業の開始が輸送需要に対し適切であること、(2)その事業の供給輸送力が輸送需要に対し過大でないこと、そして、適切な輸送需要とそれに見合った供給輸送量から導かれる収支予測が(3)その事業が安定的かつ継続的な経営を行う上で適切なものであることが必要です(改正前鉄道事業法第五条参照)。
 しかし、本件事業計画は、以下のとおり、JR東海の身勝手かつ一方的な見込みに基づく合理性のない予測しか行っておらず、事業の計画が経営上適切なものとは到底いえません。
 以下では、異常さが際立っている(1)需要予測が不合理である点と(3)事業の安定的経営と継続的経営を行えない点に絞り論考します。
三 輸送需要の予測が不合理
(1)JR東海の需要予測の前提条件
 JR東海は、リニア中央新幹線品川駅・名古屋駅間の所用時間を四〇分と試算しています。これは東海道新幹線品川駅・名古屋駅間の「のぞみ号」所要時間九三分より五〇分も短時間で到達できるという計算です。そうでありながら、リニア中央新幹線品川駅・名古屋駅間の料金設定は、東海道新幹線同区間の「のぞみ号」の料金よりもわずか七〇〇円高いだけというものです。
 「早い上に、値段もほとんど変わらない」、この強みを前提に、JR東海は、品川・名古屋間の移動旅客はリニア中央新幹線を合理的に選択すると仮定し、次の三つの輸送需要をリニア中央新幹線に想定しています。
  ア 東海道新幹線(東・名間)からの転換需要
  イ 航空路線からの転換需要
  ウ 誘発輸送需要及び高速道路からの転換需要
(2)需要予測の不合理性〜人口が減っても利用客は増加〜
ア 人口減少の点を無視
 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、日本国における平成二三年時点の人口一億二七八〇万人は、平成四二年に八・七%減少し、平成六二年には二四・〇%も減少すると予測されています。なかでも新幹線移動需要の大半を占める生産年齢人口は、平成二三年時点の八一三〇万人から、平成五七年(東・阪間開業)には五三五三万人にまで減少すると予測されています。要するに、平成三九年の東・名間開業後までも、それ以降、東・阪間開業までも日本国の生産年齢人口は減少の一途をたどるのです。
 そうであるのに、JR東海は、平成五七年東・阪開業時におけるリニア中央新幹線と東海道線の品川・名古屋・大阪間の総輸送需用量を五二九億人/キロと予測しています。
 平成二三年時点での日本国の生産年齢人口が八一三〇万人で、東海道線の東京・名古屋・大阪間の輸送実績が四三二億人/キロであったことに鑑みると、生産年齢人口が五三五三万人へおよそ三五%も大幅に減少すると見込まれる平成五七年においてリニア中央新幹線と東海道線の品川・名古屋・大阪間の総輸送需用量を五二九億人/キロと一二二%の大幅増を予測していることが極めて不自然であることは一目瞭然です。
イ 航空機利用者からの需要を過剰に予測
 JR東海は、平成三九年(二〇二七年)にリニア中央新幹線が開業すると、同区間の到達時間が短縮されることから、航空路線利用者からの転換需要も見込まれると予測しています。
 しかし、航空機へ乗れば乗り換えなしで到達できていた名古屋以西の地域へ、わざわざ品川から名古屋まではリニア中央新幹線で移動し、上記各地域へ山陽新幹線等に乗り換えて移動するという煩雑な経路選択を行う者が増えるとは考えられません。移動にかかる費用も、リニア中央新幹線の運賃(東・名間)と東海道新幹線等(名古屋・各地間)の運賃の両方がかかる上、移動時間の短縮もほとんどないか、逆に移動時間が増える区間さえ生じるのです。
 また、リニアが航空機との競争に勝つというこの予測は、航空各社が、現在の価格設定と到達時間のまま何らの企業努力をせず、JR東海に需要を奪われるのを漫然と見ているという前提をとりつつ、しかも、リニア中央新幹線の東・名間の料金が開業から五〇年後も「のぞみ」+七〇〇円という前提で、リニア中央新幹線優位の関係を一方的に固定化した予測を行っているのです。 
 しかし、すでにLCCなどの格安航空路線が登場していることを考えると、この予測がJR東海にとって都合のよすぎる想定であることは明らかです。
ウ 東海道新幹線からの需要移動は欺瞞
 JR東海は、現在の東海道新幹線のぞみ号利用者については、(1)東京圏〜名古屋圏の利用者はもとより、(2)大阪圏をはじめ(3)名古屋以西の「のぞみ」利用者についても、超電導リニアによる到達時間短縮効果を踏まえ、リニア中央新幹線に大幅に転移するとして増収を予測しています。
 しかし、このような予測は、高度な公共性を有する幹線高速鉄道に求められるものとしては楽観的に過ぎると言わざるを得ません。東京・名古屋間の移動について、五〇分短縮されるのに対して、運賃が東海道新幹線のぞみ号より七〇〇円しか増額されないというその一事をもって、東・名間のすべての移動需要がリニア中央新幹線に転移するとは考えられません。そもそも、リニア中央新幹線を含め、鉄道に求められる要素は移動時間の短縮だけではありません。従来の鉄道との接続がなく不便、ずっとトンネルの中を走るから不快、車窓の楽しさがない、このようなリニア中央新幹線に対する不満や、安全性や電磁波に対する不安などは、リニア中央新幹線に常に付きまとうものですから、東海道新幹線のぞみ号の利用者がほとんど転移してくるなど到底考えられません。
エ 誘発輸送需要も未知数
 JR東海は、飛躍的な時間短縮に伴い都市圏間の流動、特に東京圏〜名古屋圏の流動が大いに活性化することによる新規誘発や、高速道路からの転移による増収効果も十分に想定されるとしています。また、山梨県、長野県などリニア中央新幹線各駅の新規利用や東海道新幹線「ひかり」「こだま」停車駅の利便性向上に伴う利用増も期待できるとしていますが、いずれもJR東海の希望を述べたものに過ぎず、このような誘発需要や高速道路利用者からの転移がどれだけ期待できるのか明らかではありません。(続く)
 団員を募集しています。
  弁護士 横山 聡(弁護団事務局長、アルタイル法律事務所)
  電 話 〇三―六三七〇―五六一三
  FAX 〇三―六三八〇―五六一四


「倉敷民商弾圧事件の勝利を目指す全国連絡会」の結成総会

東京支部  坂  勇 一 郎

 四月二四日、東京・全国家電会館において、標記総会が開催された(参加団体は、全国商工団体連合会・日本国民救援会・自由法曹団他多数)。
結成総会には、全国の民商・救援会・民主団体から百名を超える参加者が一堂に会した。全商連太田義郎副会長の開会のあいさつ、国民救援会鈴木猛事務局長から経過報告と全国連絡会「申し合せ」の提案の後、弁護団からの報告、立正大学の浦野広明教授の特別報告が行われた。当事者の訴えの後、全国から、支援のとりくみや税務申告をめぐる運動等に関する発言が相次いで行われた。
 法人税法違反と税理士法違反に問われている禰屋さんの事件については、一審の審理が継続しており、現在、弁護側の立証が行われている。税理士法違反に問われた小原さん・須増さんの事件について、昨年十二月税理士法違反の成立を認める高裁判決が出され、現在、弁護団の拡充と上告理由書の作成(提出は六月十三日の予定)が進められている。
 倉敷民商事件は、形式的にきわめて広い範囲の行為を処罰対象とするごとく規定されている税理士法を濫用して、会員の記帳・申告の支援を行った民商事務局員に対して、刑罰の適用を行った。小原さん・須増さんの事件では、中小零細業者の営業や生活の保護を目的とし、その支援を行う中での行為であり、適正な課税が実質的に損なわれたことはないにもかかわらず、刑罰法規の適用を認めている。裁判所は、中小業者が、記帳・申告を行うに際して、相互援助を行うことの必要は認めつつ、小原さん・須増さんへの刑罰の適用を是認している。
 中小零細業者は、社会経済的にきわめて厳しい状況におかれており、相互に援助しあうことは死活的に重要であり、相互に援助しあう団体として民商の活動、民商事務局員の活動は極めて重要である。今回の一連の弾圧に対しては、中小業者運動の広がりと、民主主義運動の広がりをもって、これに報いる必要がある。
 集会の発言の中でも、中小業者運動の重要性、税金との関係では、民商等が進める自主記帳・自主申告の運動、自らあるいは協力し合って記帳や申告に取り組み、その中で、税金の在り方、税金の使い道、社会の在り方について、認識やとりくみを深めている実践が報告された。
 倉敷民商事件へのとりくみとともに、全国で、こうした自主記帳・自主申告の運動、中小業者の運動、民主主義の運動をいま一度、深めていく必要がある。
 荒井団長は、結成総会の発言の中で、自由法曹団は、全国の団員弁護士に対して、倉敷民商事件の上告審への弁護人としての参加と支援を呼びかけている。ぜひ、皆さんからも地元で倉敷民商事件の学習会を組織し、地元団員弁護士の参加をよびかけてほしいと発言した。
 自由法曹団は全国の団員弁護士に、弁護人としての参加を呼び掛けるとともに、弁護人となった団員を中心に、上告理由書の検討を行っている。五月十七日には、団本部において、現地弁護団の参加を得て、上告理由書の検討を行う予定である。その成果を踏まえ、五月集会では、倉敷民商事件分科会において、上告理由書の検討とともに、倉敷民商事件と中小業者運動、民主主義運動について議論を行うので、ぜひこれらに参加し、地元での学習会に生かされたい。

五月一七日(火)一三時〜一七時(於・団本部)
        上告理由検討会
五月三〇日(月)五月集会・分科会


刑訴法等改正案に反対する再審無罪事件
弁護人の共同アピールを発表しました。

事務局次長  久 保 田 明 人

 四月二二日、再審事件で無罪を勝ち取った弁護人八名が共同して、現在参議院法務委員会で審査されている「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」の根本的な見直しを求めるアピールを発表しました(本アピールは、自由法曹団のホームページ【http://www.jlaf.jp/】のトップページ左欄にあるタグ「治安警察」からご覧になれます。)。
 共同アピール者は、岡部保男弁護士(財田川再審事件)、青木正芳弁護士(松山再審事件)、河村正史弁護士(島田再審事件)、林伸豪弁護士(徳島ラジオ商再審事件)、鶴見祐策弁護士(梅田再審事件)、山本裕夫弁護士(布川再審事件)、泉澤章弁護士(足利再審事件)、西嶋勝彦弁護士(袴田再審事件)の八名です。
 本アピールでは、再審事件において誤った有罪の結論を導いた一連の確定判決に見られるえん罪発生の諸要因とその機序を検討してきた弁護活動の経験から見て、本法案は新たなえん罪を作り出す法と評価せざるを得ず、えん罪により人生を破壊される本人と家族らの苦しみを目の当たりにしたことで、えん罪を根絶する社会を実現したい気持ちを強く持ち続けてきた再審事件の弁護人として、強く反対することが述べられております。
 発表当日、東京地方裁判所の司法記者クラブで記者会見を行いました。記者会見には、西嶋・鶴見・岡部・泉澤弁護士の四名が会見に臨み、西嶋弁護士からえん罪をなくすためにはじまったにもかかわらずえん罪を生み出す本法案になった議論の経緯を含め本法案に対する総括的な意見を述べ、その後鶴見・岡部・泉澤弁護士からそれぞれの個別事件に即した本法案の批判コメントをお話しいただきました。発表の後、参議院法務委員会委員へ本アピールを送付しました。
 与党は、五月の早い時期に本法案を成立させる意向です。自由法曹団としても全力で本法案を成立させない取り組みをしていきます。


『安倍政権の労働法制大改悪に反対する
四・二一院内集会』を開催しました。

事務局次長  久 保 田 明 人

 四月二一日、衆議院第二議員会館にて、自由法曹団主催で『安倍政権の労働法制大改悪に反対する四・二一院内集会』を開催しました。本集会では、深刻な国民生活の状況を確認したうえで、昨年に改悪された派遣法、現在進められている労働時間法制や解雇の金銭解決制度の導入など労働法制改悪に反対するたたかいについて討論し、また、安倍政権が提唱している『同一労働同一賃金』をどうみるかについても討論しました。本集会には、労働者、弁護士、マスコミ記者など五四名が参加しました。
 報告では、まず、今村幸次郎幹事長から、安倍政権の三年余りと雇用と国民生活の悪化状況について、安倍政権の「雇用改革」により大企業と富裕層が富をため込む一方、非正規雇用労働者が増加し、貯蓄ゼロ世帯が増加するなど貧富の格差が拡大していることが報告されました。
 上田月子団員からは、改悪派遣法に関し、今年三月に全労連・自由法曹団・労働法制中央連絡会の三団体で作成した『めざそう!!正社員化と労働条件の向上(改悪派遣法対応マニュアル)』を活用して正社員化・待遇改善を獲得していく方法について紹介がありました。
 労働時間法制については、並木陽介団員から報告がありました。高度プロフェッショナル制度の導入と企画業務型裁量労働制の拡大、フレックスタイム制の清算期間の拡大それぞれが、企業が使いやすいように濫用されるおそれがある内容であることが指摘され、労働時間規制は単に賃金の問題ではなく命や健康の問題であるという視点の下、労働時間の上限の法律化や勤務間に間隔を置くインターバル規制を導入するなど労働時間の規制を求めていくことが重要と訴えました。
 中川勝之団員からは、解雇の金銭解決制度の創設についてのこれまでの国における議論経過と問題点について報告がありました。同制度の実態としては、労働者のためではなく、雇用の流動化を進めるためであり、同制度を創設すれば労働者の地位の安定性が脅かされる危険があると指摘されました。
 安倍政権が提唱している『同一労働同一賃金』については、鷲見賢一郎労働法制改悪阻止対策本部長から報告がありました。『同一労働同一賃金』は、均等待遇原則に基づく正規雇用と非正規雇用、男女の不当な賃金格差を是正する原則と、正規雇用や男性の賃金を抑制するのではなく、非正規雇用や女性の賃金をあげて同一賃金にする原則を確立することを要求していくことが必要であると訴えました。
 各報告の後、参加者から各労働法制についての考え方や問題点、運動方法などについて、報告とは異なった視点からのご発言を多くいただき、活発な討論がされました。
 また、集会では、全労連の野村幸裕副議長から連帯あいさつをいただき、日本共産党の畑野君枝衆院議員から国会情勢についてご発言いただきました。畑野議員からは、今般衆議院で野党が共同して長時間労働規制法案を提出したことが報告され、労働時間規制や『同一労働同一賃金』の原則を今後一つ一つ法律に入れていくように進めていく必要があり、国民とともに運動を盛り上げていきたいとのご発言がありました。
 集会後、集会参加者が手分けして衆議院厚生労働委員会の委員四五名へ議員要請に行き、労働法制の改悪をしないよう、野党四党から共同提出されている長時間労働規制法案を成立させるよう求めました。
 本集会では、安倍政権の「雇用改革」により国民の生活状況が悪化し、今後も労働法制の改悪が進められようとしていることが確認され、安倍政権の「雇用改革」をこれ以上続けさせることはできないこと、安倍政権打倒に向けて全力で協働していくことが確認されました。


「家族の自治」を求めて
   ―家父長制から国家直轄へ

東京支部  後 藤 富 士 子

一 憲法二四条への攻撃
 憲法改正の議論では九条や緊急事態条項が注目されがちだが、二四条も大問題になっている。自民党憲法改正草案も、両性の合意のみで結婚できるとする現行の二四条を変更し、さらに「家族は、互いに助け合わなければならない」などとする条項を追加している。
 朝日新聞三月二五日記事によれば、首相のブレーンの一人である日本会議政策委員の伊藤哲夫氏は、一二年の「今、なぜ家族尊重条項が必要なのか」と題する論文で、「戦後の日本社会には二四条などに依拠して、極端な個人主義・男女平等イデオロギーが浸透した」と強調し、「二四条に盛られた『家族解体』の毒が猛威を振るっている現在、家族尊重条項の新設は、時代の要請といえるのではないか」と指摘している。ちなみに、日本会議が一三年一一月にまとめた憲法改正の「三カ年構想」を記した内部文書には「軍事力増強」「緊急事態条項」と並んで「家族保護条項」が挙がっている。
 なお、安倍首相は野党時代の一〇年に出版された、日本会議役員でもある高橋史朗氏の対談集で「子育ての社会化は、『個人の家族からの解放』というイデオロギーを背景とした考え方」とし、「ポル・ポトが実行し、非常にすさんだ社会が生まれた」と批判している。
二 「家」― 個人と国家
 個人を社会の基本的価値原理とする近代立憲主義を生み出した市民革命には、二つのモデルがある。「ルソー=ジャコバン型」と「トクヴィル=アメリカ型」である。そして、フランス革命は、主権と人権という二つのものの間の論理的な関係、密接な連関と緊張の関係を明示した。すなわち、身分制的中間団体が解体され、集権的国家の主権性が完成することによってはじめて「個人」が解放され、身分的自由ではなくて人一般の権利という意味での人権が成り立つための論理的な前提がもたらされた。一方、身分制的桎梏から解放された諸個人は、集権的国家からの保護を求める身分制度の楯を失い、裸で国家と向き合うほかなくなった。アメリカ型には、これほどまでに苛酷な緊張はない。
 ところで、中間団体の否定(「結社の自由」の否定)を強く打ち出したフランス革命だが、家族の存在を一八〇四年民法典で積極的に肯定していた。それは、ヨーロッパの近代個人主義が家長個人主義として出発し、家が公権力からの自由を確保する楯の役割を担っていたからである。
 この視点でドイツをみると、市民革命が個人を解放するというプロセスが十分に展開しなかったから、集権的国家=主権の展開が不十分となった。市民革命は、身分制をうちこわすことによって、自立した諸個人をつくり出すべきはずであった。だが、第三帝国の「民族革命」は、身分制的自律の伝統をふみやぶる「均質化」によって「ばらばらの個人」を放り出し、その支配を貫徹することになった。すなわち、家長個人主義という身分制的特権と結びついた伝統的自由の概念が、ナチズムの一元的支配への抵抗要因となったのである。
これに対し、日本では、市民革命によって個人が解放されないままで、従って、個人の人権と国家の主権との密接な連関がないままに、にもかかわらず集権的国家ができあがってしまった。何より重要な中間団体だった「家」が、国家権力に対する身分制的自由の楯としての役目を果たすよりは、国家権力の支配を伝達する、いわば下請け機構としてはたらくことになった。「孝たらんとすれば忠ならず」ではなく「忠孝一体」。「家」の自律が徴兵忌避の若者にとっての精神的よりどころになるというより、「そんなことをして家名に泥をぬるよりは、いさぎよく名誉の戦死をしてくれ」というふうに。
三 単独親権制 ― 国家の介入と家庭破壊
 ワイマール憲法に由来するドイツ基本法六条二項は「子の養育および教育は両親の自然的権利であり、かつ、第一次的にかれらに課せられる義務である。国家は、両親の活動を監督する」と規定している。この規定は、まず親の自然的権利として国家に対する「責任領域」が設定され、義務の不履行があれば、国家がその領域を縮減して介入するシステムを予定するものであると解釈されている。
 これに対し、日本の現行民法の解釈では、親権につき「親の自然的権利」と承認されておらず、国家に対する「責任領域」が設定されてもいない。そして、離婚後は父母どちらかの単独親権であり、父母の協議で決まらなければ、「裁判所が決める」とされている(八一九条)。その実務運用をみると、「親権者指定」「監護者指定」「面会交流」と、ことごとく国家が両親の間に介入して、どちらか一方の肩を持ち、他方を叩きのめす。こうして家庭裁判所は「家庭破壊の先兵」になるのである。
 これをみると、戦前の「家」制度の廃止によって、「家」が保有していた自治まで喪失し、家族は国家の直轄になったことを認識させられる。そして、単独親権制は、両性の平等と両立せず、憲法二四条に違反する。ちなみに、二四条一項が定める「婚姻の維持」は、子どもが生まれれば、夫婦は父母になるのである。
四 改憲派の「家族保護条項」を粉砕するには・・
 現在の日本で「極端な個人主義・男女平等イデオロギーが浸透した」という認識はもてない。家庭でも学校でも職場でも、「個人の尊重」や「男女平等」は、未だ遠い理想である。のみならず、そもそも「個人の尊重」や「男女平等」は基本的人権であって、イデオロギーではない。また、「家族解体」は、憲法二四条によってもたらされているのではなく、二四条違反の法律によってもたらされている始末である。
 さらに、「子育ての社会化は、『個人の家族からの解放』というイデオロギーを背景とした考え方」とは、いかにも安倍首相らしい。「保育園落ちた、日本死ね」というつぶやきは、「『個人の家族からの解放」というイデオロギー」などというものではなく、日本社会に必要不可欠な「子育ての社会化」である。また、ポル・ポトだけでなく、ナチスや中国の文化大革命などの問題の根本は、「家族の自治」が否定されるところにある。
 こうしてみてくると、日本会議の論者たちの主観的願望を憲法二四条の改正によって実現することは不可能であることが明らかである。むしろ、「家族保護」というなら、「家族の自治」こそ尊重すべきであり、憲法二四条に反する単独親権制を廃止すべきである。
 なお、「夫婦別姓」制度は、男女平等を法律婚優遇主義の枠内に押し込めようとするものであり、「家族の自治」という視点では後退している。日本会議の論者が憲法改正によって保護しようとしているのは「法律婚」であり、「個人の尊重」「両性の平等」に反する優遇策を法律で定めようとしているのではなかろうか。
【参考文献】樋口陽一:自由と国家―いま「憲法」のもつ意味(岩波新書アンコール復刊)
二〇一六・三・二六


自衛隊の国民監視差止め裁判の院内集会での発言

団 長  荒 井 新 二

 はじめに 四月一八日に上記の趣旨で「安保法制と自衛隊の国民監視を考える院内集会」が開かれた。宮城県支部から弁護団の山田忠行、小野寺義象団員が参加され、内藤 功団員(在京弁護団と紹介されていた)の講演と小野寺団員の報告が行われた。原告団を大いに激励しようと私も参加して以下のような発言(要旨)をしたが、団の過去の活動に言及したこともあり紙面をいただき紹介したい。

◇・・・・・・◇    ◇・・・・・・◇    ◇・・・・・・◇

一 皆さんの裁判闘争に深く敬意を表します。皆さんの運動は大きな成果をもたらしています。その理由は後で述べます。
 過日仙台高裁の二審判決を読んでいましたら五六頁に目がとまりました。「イラク自衛隊の派遣に対する国内勢力の反対動向」という情報保全隊が作成した文書の箇所です。
「なお『キャンドルナイトで防衛庁前を通過する四六五〇名のP系団体』等に関しては写真が添付されている」
 自由法曹団は二〇〇四年二月五日に市民と労働者によびかけた「二・五 ピースキャンドルナイト」のデモを主催し一万人のデモを成功させました。動員型でなく個人の自主性に基づく参加を促したデモでした。明治公園から通称創価学会通りを経由して防衛庁前までひとりひとりがキャンドルを掲げて歩きました。開始直後から続々と参加者がふえて、デモの集団は大きくなり予想を上回る参加者数となりました。当時自由法曹団の議案書などでは、大成功した歴史的な行動として総括されておりました。
 保全隊の作った文書にはそのときの写真がおさめられていたのです。四六五〇名という具体数からして写真だけでなく報告内容も記されているでしょう。自由法曹団の「ピースキャンドルナイト」のデモも、情報保全隊の調査活動の対象とされていた…という訳です。
ところで二審判決は情報保全隊の任務を「外部からの働きかけ等から部隊を保全するため」としましたが、この平和な「ピースキャンドルナイト」のデモには、そのような要素、「外部から部隊に対する働きかけ」などは微塵も考えられておりません。
市ヶ谷の防衛庁で自衛隊員に呼びかけるなど作家・三島由起夫のごとき行動など誰の想定にも入っておりません。イラク派遣を自民党と一緒にすすめる公明党の母体たる創価学会への抗議の意思を表すため通称創価学会通りをわざわざ通ることにしましたが、「外部から部隊」に働きかけるようなことなどは勿論ありません。寒い夜間に行われた平穏な平和デモでした。
二 一体、「外部からの働きかけ」の「働きかけ」とはなんでしょうか。
 二審判決の六〇頁には、「保全隊の任務」として自衛隊部隊や隊員を保全するために次の四つの類型があげられています。第一に「自衛隊の秘密を探知する動き」。これはスパイ的行為を典型とするものでしょう。第二の「自衛隊の施設等に対する襲撃」あるいは第三の「自衛隊の業務に対する妨害」はいずれも一般の刑法犯罪にあたります。第四の「隊員を不法なことに利用する動き」は、反戦自衛官による反抗や抗命などのそそのかしが想定されているのでしょうが、「不法」への勧誘・教唆のことであって既に「不法」であることが織り込み済みのことです。
 つまり「外部からの働きかけ」とは、隊員や部隊に対する違法・不法な行為を核心とするものです。その意味を薄めつつ、調査対象を拡げてデーターを取得し、活動を監視するために「自衛隊を保全するため」という口当たりのいいことを言う。そして「外部からの働きかけ」という曖昧なワードでごまかしているのです。「外部からの働きかけ」は、まさにブラック・ワードの類いです。
 この情報保全隊の本来的な「任務」から言って、一般の平和デモが保全隊の調査任務の対象に含まれる訳はありません。保全隊による調査・監視活動は国家組織として自分らに課せられたルールを完全にふみ外しています。自己のノリを超えながら、さらに対象行動の前段階的な、あるいは周辺的な行為まで必要だとの口実で野放図に調査活動の内容を押し広げているのです。
 皆さんの裁判ではそのことの実態が明らかにされ、情報保全隊の活動が本来の業務を逸脱し国民の表現活動にまで監視活動をエスカレートし強化されている事実が暴露されてきたのです。
三 情報保全隊は過去の調査隊のことです。かれらの任務は、自衛隊の憲兵の仕事というべきあの警務隊の任務とともに自衛隊の内外の情報収集をすることにあります。その活動は、あの公安警察の監視活動とならび立つものです。いずれ劣らずの秘密情報組織であって、これまでにも活動の全貌は明らかにならず、非合法活動に連なる傾向があり、したがってその暴露は一般に至難のことです。ところで公安警察の動きについては、最高裁で勝った国家公務員法事件(堀越事件)でその一端が明らかになりました。他方のこの自衛隊による監視活動については、この裁判でその一端が明らかになりました。そういう大きな成果が得られつつあります。最高裁段階でさらに多くの国民がこの問題に関心を寄せ、自衛隊の情報保全隊の活動が広く明らかにされ国民的な批判が一層巻き起こるよう、みなさんと強く連帯していく決意を申し上げます。