<<目次へ 団通信1565号(7月1日)
清水 亮宏 | *五月集会特集・その2* 労働分科会に参加して |
田中 健太郎 | 刑事法制分科会の感想 |
相曽 真知子 | 貧困分科会の感想 |
須藤 正樹 | 舛添都知事辞任と都政改革のために |
二宮 淳悟 | 「立正佼成会における憲法カフェの取り組み等について」 |
島村 海利 | 五・二〇人見剛教授学習会に参加して ―辺野古新基地建設問題の展望― |
大阪支部 清 水 亮 宏
一 はじめに
大阪の新入団員の清水亮宏と申します。五月集会の労働分科会に参加しましたので、内容を簡単に紹介した上で、感想を述べたいと思います。
二 一日目
(1)労働法制改悪についての討論
まず、残業代ゼロ法案について、対象業務が曖昧であること、「平均給与額の三倍の額を相当程度上回る水準として定める額以上」という適用要件は徐々に緩和される危険があること、健康確保措置は列挙された措置のうちいずれかひとつのみ採用すれば足り、結果として長時間労働を許容するものと言わざるを得ないことなどが確認されました。
解雇の金銭解決制度については、実務上は既に解雇事件を金銭的に解決するようになっており、制度を導入する必要性がないことや、財界の最終的要求である解雇の自由化につながる危険があることなどが確認されました。
政権側が長時間労働是正や同一労働同一賃金の実現に言及し始めている点に対しては、自由法曹団としてどのように対応すべきか、という難しい問題提起がなされました。選挙前のパフォーマンスにすぎないのではないか、日本の雇用実態が深刻であるために対策に乗り出さざるを得なくなったのではないか、などの意見が出されました。
派遣法改悪の問題については、全労連が作成した「改悪派遣法対応マニュアル」の紹介があったほか、今後の対応として、過半数労働組合に対する意見聴取手続、労働契約申込みみなし制度を活用していくべきとの意見が出されました。
その他にも、ブラック企業被害対策弁護団の取り組みや、各地での取り組みが報告されました。
(2)一日目を終えて
日本型雇用が崩壊し、正社員の中でも、長時間労働、低賃金、不安定を特徴とする「周辺的正社員」と呼ばれる労働者類型が登場したといわれています。
このような状況化で、長時間労働を促進し残業代不払いを合法化するホワイトカラーエグゼンプションが導入され、解雇も自由化されてしまえば、労働者はいよいよ闘う手段を失ってしまいます。はじめは一定の歯止めが設けられたとしても、派遣法改悪の経緯を見れば、「小さく産んで育てて大きく育てられる」ことは目に見えています。制度の導入前に、これらの法案に断固反対しなければならないと強く感じさせられました。
また、非正社員については、自己の収入で生活を維持しなければならない「家計自立型非正社員」と呼ばれる労働者類型が登場したといわれています。
これ以上非正規が拡大しないよう食い止めると共に派遣法改悪に対する闘い、均等待遇を求める闘い、最賃引上げ運動などを通じて、非正規の待遇改善を求めていくことが不可欠であると感じました。
三 二日目
(1)全国各地からの個別事件報告
過労死を巡る情勢から、資生堂事件、日本IBMロックアウト解雇事件(同不当労働行為事件)、日産自動車雇止め事件、郵政東日本裁判、メトロコマース事件、アリさんマークの引越社事件、ヘイトハラスメント裁判など、全国各地で提起されている労働事件について報告・討論がなされました。
(2)二日目を終えて
残念ながら、ここで全てを詳細に取り上げることはできませんが、様々な問題に関わる事件について、全国各地の団員から報告があり、全国的な運動の盛り上がりを感じることができました。特に印象に残ったのは、非正規の問題について、「積極的に闘って問題提起をし続けることが重要」「闘えば勝てる、闘わなければ勝てない」との意見が出されたこと、今後の運動として、「象徴的な事件の掘り起こし、社会に問題提起することが重要である」との意見が出されたことでした。決して諦めることなく、象徴的事件を掘り起こし、問題提起し続けていく重要性を強く感じました。
東京支部 田 中 健 太 郎
一 二〇一六年五月二五日に成立した刑訴法等一部を改正する法律について、五月集会刑事法制分科会では活発な議論が行われました。
本稿では、日弁連が取調べの一部可視化制度の法制化のために(実際は、無知とムチだが)差し出す形となった、盗聴拡大と司法取引制度の危険性ついて、弾圧事件との関係でみていきたいと思います。
二 日本版司法取引制度
日本版司法取引制度は、弁護人の合意のもと、被疑者が他人の罪を明らかにすることで、自身の罪を軽くするというものです。
以前より、他人の犯罪についての被疑者供述は、「引っ張り込みの危険」があるため、その信用性については慎重な判断が要することは指摘されてきました。
日本版司法取引制度は、この「引っ張り込み」による被疑者の利益を制度的に保障するものであり、自身の刑事責任軽減のために、「引っ張り込み」が行わるケースが今後増えることが懸念されます。
虚偽供述罪という新たな刑罰が創設されましたが、偽証罪や虚偽告訴罪による起訴がほとんどされていない現状からして、虚偽供述に対する抑止力は期待することはできません。
弾圧事件との関係では、現在創設が検討されている「共謀罪」とセットで悪用される危険があります。例えば、弾圧対象の団体に捜査員を潜入させ、虚偽の共謀の事実を密告させることにより、団体の構成員を共謀罪で起訴し、捜査員は司法取引という名目で不起訴にするという弾圧が可能になります。日本共産党を陥れるため、公安を潜入させ、駐在所の爆破を自作自演した菅生事件が再現される危険は十分に考えられます。
三 盗聴法拡大
そもそも、盗聴法は、憲法二一条二項の通信の秘密に違反するという反対の声が強い中、対象が四つの犯罪(薬物、組織的殺人、密航、銃器)に限定され、盗聴に際して電話会社が立合いをすることを要件とすることで、かろうじて成立したという経緯があります。
しかし、今回の改正により、対象犯罪に窃盗や詐欺など九種類が追加され、電話会社の立合いの要件もなくなりました。最初は厳格な要件を敷いて、後に要件を緩和していく国家権力の常套手段が盗聴法でも用いられました。
つまり、今後は、広範な犯罪に対して、捜査施設内で単独で通信傍受することが可能になるので、捜査の適法性の担保が令状のみになり、盗聴法が許容している範囲を超える別件盗聴が行われる危険があります。
盗聴法がなかった一九八五年から一八九六年にかけて、神奈川県警が当時日本共産党国際部長であった緒方康夫宅の電話を違法に盗聴していたことからも、捜査機関にとって、盗聴は「弾圧の端緒」として違法であっても断行したい捜査手法であり、今回の盗聴法改正は、捜査機関にとって喉から手が出るほど待ちわびていたものに違いありません。
四 最後に
今回の刑訴法等改正は、安倍政権が進める治安立法の一部であることは疑うべくもありません。
私たちは、実務家なので、既に成立した刑訴法等改正について、現場でどのように対応していくかという刑事弁護的な観点で研鑽を積むことは必須ですが、自由法曹団員としての弁護士である以上、既存の制度として諦めるのではなく、その有害性を訴え、制度自体の廃止、さらには、次の治安立法の成立阻止につなげていくことが求められています。
神奈川支部 相 曽 真 知 子
貧困分科会では、まず最初に、北海学園大学経済学部の中囿桐代教授から、「子どもの貧困と母子家庭の抱える困難」という題目で講演をして頂きました。
中囿教授からは、子どものおよそ六人に一人が貧困であるという子どもの貧困の深刻な現状や、子どもの貧困の問題は親の責任追及では終わらず、社会として子どもの教育や養育をどうするのかという問題であるとの指摘がなされました。
中囿教授のお話の中で印象に残ったのは、まず、子どものいる世帯の相対的貧困率について、無業のひとり親と有業のひとり親の相対的貧困率が他国は無業のひとり親の相対的貧困率が圧倒的に高いにもかかわらず、日本は両者がほぼ同じであるということでした。働いていても貧困から抜け出せないという日本の現状がこんなにも如実に表れていることに驚きました。
また、中囿教授が高校生を対象にお小遣いを何に使っているのかを調査したところ、多くの高校生が修学旅行代、私服代、ケータイ代、自動車学校、進学、兄弟への小遣い等に使っているという結果が出たという報告もありました。また、中には親の送り迎えでアルバイトをしている学生もおり、こうした過程では家計費に子ども収入が繰り込まれているとのことでした。多くの人は、高校生がアルバイトをしていると聞くと、勉強をせずに遊ぶお金を稼いでいると考えるのではないでしょうか。しかし、実態は大きく異なっており、このような実態と人々の認識の差が子どもの貧困を見えなくしている要因の一つであると感じました。また、子どもが家族を支えるという実態があり、結局家族における貧困の問題は家族内で解決するしかない、という社会のあり方がここにも表れていると思いました。
最後に、日本の社会保障の在り方について、現在は申請主義がとられているところ、そもそも貧困に陥っている当事者が申請をすること自体にハードルがあること、また申請しても行政による水際作戦により生活保護からはじかれてしまう等の問題があり、現在のままでは貧困層を社会保障につなげることが困難であり、もっと外から貧困層に働きかけていくような制度の在り方が考慮されるべきであるとのお話がありました。社会のあり方として、新自由主義路線をとれば必然的に貧困の問題が生じます。そのとき、最後のセーフティネットであるべきものが社会保障です。社会保障が機能しないことにより生じる結果は、人々の生存を左右するものかもしれず、いかに社会保障を機能させるかは、早急に考えなければならない課題であることを再認識しました。
次に、自由法曹団の団員から、千葉県銚子市で起きた県営住宅追出母子心中事件や、東京都立川で起きた生活保護廃止通知の翌日に自殺をした男性の事件について、自由法曹団が行ってきた活動についての報告がありました。
どちらの事件も衝撃的な事件であり、ニュースでは知っていましたが、自由法曹団がこれらの事件に関わり、調査や要請行動をしていることを初めて知りました。千葉県銚子市の事件では、団員が毎回刑事裁判の傍聴にも行っていたという報告もあり、こんなにもいろいろなアプローチがあるということに驚くと同時に、団員が問題に真正面から向き合い、工夫を凝らして活動していることがわかりました。
今後、私何か事件や問題に直面し、そのまま放置していてはならない、社会的な問題として取り組まなければならないと感じたとき、団員の方々の活動は大変参考になりますし、私自身もこれからこのような活動に加わってみたいと思いました。
東京支部 須 藤 正 樹
一 二〇一六年六月二一日、「公私混同」などの金銭疑惑問題で舛添都知事が辞任した。同様な疑惑での辞任は、猪瀬前都知事に続いて二期連続で、一四年二月就任からわずか二年四月の短命であった。一般的な能力はあったが金銭には「セコイ」ことが命とりとなったように見える。一六年五月頃、文春記事などの追及が始まったころは、多くの政治家が行う政治資金の浪費程度に過ぎないという位置づけもあった。しかし文春などマスコミの暴露や共産党都議団の追及などで六月一日の都議会開催時点では、同月一五日の会期末まで国民の声が舛添知事を包囲するという情勢となった。ちょうど国会会期末で同日選挙を安倍内閣が回避するタイミングと重なり、危機を察知した自公都議会与党勢力は自己防衛に走り、最終的に百条委員会設置拒否など疑惑追及への蓋をし、知事に詰め腹を切らせる形となった。都知事選は七月一〇日の参院選後の一四日告示で三一日投票となり、首都における自公勢力と野党との対決構図が実現するかどうか、新知事候補は誰になるかなども含めて、参議院選挙に匹敵する関心が生まれている。
二 東京支部では、問題顕在化後すぐ、幹事会で取り上げ議論し、急ぎ支部長声明形式で「舛添都知事の都政私物化・住民福祉の切り捨てを許さず、知事辞職と住民本位の都政への転換を求める」を出し、東京都に申し入れ、各団体へも声明送付をした。声明では、豪華海外出張、湯河原別荘への公用車送迎を例示し、都知事の資格を欠くとしたうえ、スウェーデン国家予算を上回る約一四兆円の予算を、都民より安倍政権に顔を向け、大半をオリンピックや大規模開発につぎ込み、今年度予算方針では昨年あった「都民福祉の充実による生活の質の向上」もうたわれなくなり、国保や介護保険の負担増の解消、保育・介護サービスの拡充、若者の雇用と教育費負担増の改善、住宅耐震化などを置き去りにしている、と批判した。結論として、住民福祉を増進すべき自治体首長としての資格を欠き、政治資金疑惑には自ら一切答えない知事は、辞職すべきで住民本位の都政への転換を求める、と明言した。声明は時宜に適い、週刊法律新聞なども掲載するなどしてくれた。現在、都政転換を求めて、支部幹事会で都政問題を再学習し、オリンピックや大規模開発、生活保護や福祉切り捨て、CV22オスプレイ横田配備などの都固有の課題を取り上げて運動を広げることをめざしている。
三 政治資金の私的流用疑惑の点では、政治資金規正法では使途に法律上の制限はないから違法性はない、という第三者委員会のお手盛り調査報告の問題、舛添氏の政治資金の大半を占める政党交付金の乱費などの問題がある。政治団体などが提出を求められる政治資金収支報告書では、規制法二五条で「虚偽記入」は五年以下の禁固で実刑になれば公民権停止もある。しかし「支出」については、本人や会計責任者が政治活動のための資金だと言えば違法にはならないのでザル法だとされている。だが制限がないと言っても、誰が見ても政治資金と言えないものを領収書だけそろえて「会議費用」「資料代」などの名目で支出するのは、客観的に判断できる故意の点で「虚偽記入」になり違法ではないのか。正月の家族とのスパホテル三日月の宿泊代、世田谷区代田の自宅近くの天ぷら料理店や湯河原の別荘近くの回転ずし店の飲食代、ネットオークションなどで美術品多数購入などを、政治資金支出と言うのは社会常識では通用しない。さらに平成二六年二月九日の前回の都知事選の直前の同年一月、新党改革から舛添氏が代表の新党改革比例第四支部へ五二五万円余が寄付され、これがさらに無所属の舛添氏の資金管理団体グローバルネット研究会に更に寄付されたが、うち約四二八万円余が政党交付金であった。つまり舛添氏は、政党の政治活動の発展のための資金として配分された政党交付金を、意図的に政党とは関係ない舛添個人に還流させたのであり、法の趣旨に反する公金の取得と言える。そもそも政党助成金は、国家による政党の買収資金の性格を有する腐敗した金であり、それ故、様々な乱費を呼ぶのであり、直ちに廃止すべきものである。
四 今回の経緯を振り返って思うのは、都民・国民の怒りの強さである。現在、国の内外では、とんでもない格差と貧困が広がり、そのため今後、厳しい生活条件下で生きていかざるをえない人がどんどん増えている。今回の辞任劇では、第一に世界有数の豊かな東京都財政をいかに使うべきかの問題、第二に政治家という者がいかに公私の峻別をするかの問題が、クローズアップされた。都には、知事の「公私混同」ばかりでなく、東京オリンピック開催のために投入される金額の巨額さ、諸関連施設の合理性や利用価値の問題、その裏で蠢く利権や買収の問題なども、今もって不透明な闇の中にある。リオ五輪式典への東京都関係者の公費参加の可否が直ちに問題化したのも、この一環である。政治を市民、国民のものに取り戻したい、という若者や女性や普通の市民などを中心とする要求が世界中で湧き上がっている今日の情勢が、この追及を後押ししている。来るべき都知事選では、地方自治の本旨に従い、都民などの正当な要求を実現する都政を創り出すため、平和、都民生活、オリンピック、教育などで、これまでの都政との対立軸を明確にして運動したい、と考えている。
新潟支部 二 宮 淳 悟
多くの団員が所属する「あすわか」には、全国各地から「憲法カフェ」の申し込みが寄せられます。ご依頼主や団体は千差万別なれど、今年四月以後、既に二〇〇回を超える申し込みを頂いているのが「立正佼成会」です。かつては強力な自民党の支持基盤であったはずの宗教団体なので、意外に思われる方も少なくないかと思います。
立正佼成会は、昭和一三年に設立され、国内には二三八教会あるそうです。基本的な考え方としては、(1)自民党改憲草案は反対、(2)憲法九条は堅持、(3)安保法は反対、という立場から、憲法解釈の変更などには、会としての意見を表明するなど、たしかな取り組みをしてきています。また、昨年九月一九日には「『安全保障関連法案』可決に対する緊急声明」を出しています。
その立正佼成会から、選挙までに信者の方々がしっかり憲法を学ぶ機会を作りたいというご趣旨で、全国の教会から憲法カフェのご依頼が次から次に届くわけです。文字通り全国各地からのご依頼なので、こちらも五〇〇余名フル稼働で、いつもどおりに(?)、特に気負うことなく(?)、押し寄せる各地での開催申し込みに対応し、飛んでいきます。当日まで講師が決まらなかったのに教会側のやる気がみなぎっていて、「きっとあすわか弁護士が来てくれるに違いない」と信じて待っておられるなか、冷や汗かきながら講師を探し、サっと名乗り出て当日出かけていってくれたメンバーもいます。若干、綱渡り気味ではあるものの、若さと情熱でなんとか対応してきているわけです!
私も、先日、新潟県内の教会でマスターとしてお呼ばれしてきました。「憲法カフェ」は、担当する弁護士の裁量が九九%(だと勝手に思っています)。当日、事務窓口の担当となって下さった方は、他の憲法カフェも参加されていたようで、「あら、先生、今日は紙芝居やらないんですね」とのお言葉を頂戴しました。しかしそこは「あー!紙芝居ですね!今日は時間の関係で省略!。でも立憲主義の説明のところは紙芝居以上にいっぱい喋っておいたんで大丈夫です!」と(実は紙芝居を一回も使ったことないことなど言えるはずもなく)返す私。
参加された方も、三〇代のお母さん方で、意見交換や質問も多く出されました。「私たちの暮らしと憲法」というテーマでお話ししていた時には、「この前、公民館で安保法の勉強会しようとしたんですけど、断られたんです。これって集会の自由が侵害されているんじゃないかと思ったんですけど・・・」との鋭い質問も。私たちの生活にとって、憲法が身近にあること、そして憲法に守られていることを実感した二時間でした。
「あすわか」は、憲法学習会である限り、どんな団体様からのご要望にも、可能な限りお応えします!(なんでも屋みたいですね)。立正佼成会における憲法カフェの取り組みも、太田啓子団員や宋惠燕団員、種田和敏団員らの地道な活動が縁となって火が点いたものです。「知憲」の取り組みが確実に成果を出し始めていることにやりがいを感じつつ、まだまだ道半ばであるとも思いますので、選挙が終わっても(むしろ終わってからなおさら)がんばりたいと思います。
東京支部 島 村 海 利
第一 はじめに
辺野古新基地建設問題については、三月四日に県と国との間で和解が成立しましたが、その前後において、国の執行停止決定及び是正の指示に対し、国地方係争処理委員会による三度の審査が行われていました。
このたび、国地方係争処理委員会の制度概要や辺野古新基地に関する審査の見通し等について、行政法と地方自治法を専門とされ、辺野古新基地問題にも造詣が深い人見剛早稲田大学大学院法務研究科教授を講師としてお迎えし、学習会が行われましたので、その概要及び辺野古新基地問題の今後の展開等についてご報告します。
第二 国地方係争処理委員会の概要
まず、人見教授のご講義をもとに、国地方係争処理委員会の概要を説明します。
国は、地方公共団体の事務の処理に関し、助言・報告したり、是正の要求をしたりといった「関与」をする場合があります。国地方係争処理委員会は、国の「関与」が地方自治法二四五条の二以下の規定に従った適法・妥当なものとなっているかを、第三者的立場で審査する機関とされています。
審査の対象は「関与」のうちの一部であり(同法二五〇条の一三)、これまで勧告が出されたものは横浜市勝馬投票券発売税事件(国地方係争処理委員会勧告平成一三年七月二四日判時一七六五号二六頁)の一件のみとなっています。
国地方係争処理委員会の特徴として、「裁定機関」ではなく「諮問機関」であることが挙げられます。国地方係争処理委員会を「諮問機関」とした理由は、国の大臣分担管理原則によります。すなわち、内閣法三第一項で「各大臣は、別に法律の定めるところにより、主任の大臣として、行政事務を分担管理する」との定めがあり、この限界から、諮問機関とせざるを得なかったということです。
また、前述のとおり、審査の対象は「関与」のうちの一部であり、係争処理手続の対象が限定されていることも特徴として挙げられます。
第三 国地方係争処理委員会の問題点
平成二七年一二月二四日に却下された、辺野古新基地問題に関する執行停止決定に対する国地方係争処理委員会による審査申し出について、国地方係争処理委員会は(「固有の資格」該当性に関する)「審査庁の判断を国地方係争処理委員会が覆すことは、一般的に予定されていない」、ただし、「審査庁の判断が一見明白に不合理であるかどうかを国地方係争処理委員会が審理することは排除されていない」との判断を示しています。
人見教授からは、本決定には大臣分担管理原則の考え方が現れているが、大臣分担管理原則に触れないために裁定機関ではなく諮問機関にしたのだから、遠慮せずに独自の解釈を示せばよいし、審査密度が「一見明白に不合理か」にとどまるとも考えられない旨のご見解が示されました(法学セミナー二〇一六年七月号も参照)。
第四 今後の展開
執筆時現在、二度目の是正指示に対する国地方係争処理委員会への審査申し出に対して、明確な判断を示さない旨の決定が公表されました。
前述のとおり、国地方係争処理委員会が明確に勧告を示したものは一件のみであり、今回の判断についても、まさに「遠慮」した判断といえます。これは、私たちが求めていた判断ではありません。
しかしながら、一月の和解勧告において、裁判官をして「国が勝ち続ける保証はない」と言わしめ、今回の国地方係争処理委員会の判断においても国の主張が認められなかったことの重みを、国は十分に理解すべきでしょう。司法、行政いずれの観点からしても、国の辺野古新基地建設計画は破綻しています。
筆者としては、新外交イニシアティブ(猿田佐世事務局長)において、「辺野古が唯一の選択肢」でないことを、海兵隊の編成や運用を踏まえて、実現可能な政策をもって明らかにする研究会に参加し、政策提言の角度からこの問題に取り組んでいます。現在、報告書の作成が進められているところです。
闘い続ける諸先輩方に敬意を表すとともに、筆者としては、歴史を変える気持ちで、さらに活発に活動していきます。