<<目次へ 【意見書】自由法曹団


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第5、弁護士制度の改革について

1、中間報告における弁護士制度改革の内容

 中間報告は、「弁護士制度の改革は、今次の司法制度改革、殊に人的基盤の拡充を図る諸改革の中でも、主要かつ基底的な課題である」との認識の下に、弁護士や弁護士会の在り方に関わる重要な点について数多く触れています。
 中間報告は、まず「3.人的基盤の拡充」の中に「(2) 弁護士制度の改革」の項目を立て、「国民が求める弁護士像(その資質と能力)」を述べた後、「改革の視点と具体的方策の検討の方向性」として、(ア)公益性に基づく社会的責務の実践等、(イ)弁護士の活動領域の拡大、(ウ)弁護士倫理の強化と弁護士自治の3つの柱立てでかなり踏み込んだ提案を行っています。
 また中間報告の「4.制度的基盤の整備」の「(1) 利用しやすい司法制度」の項目の中にも、弁護士や弁護士会の在り方に関わる事項が含まれており、そのうち私たちが特に重要と考えるものは以下の通りです。
@ 公設事務所の設置とその目的・運営主体・運営方法等の在り方の検討
A 弁護士と隣接法律専門職種その他の専門資格者との総合的法律経済関係事務所(ワンストップ・サービス)の推進
B 弁護士法72条のいわゆる法律事務の独占の在り方の検討(隣接法律専門職種への一定の範囲・態様の法律事務の取り扱いの承認、企業法務、特任検事・副検事・簡裁判事の経験者の位置付け)
C 外国法事務弁護士との提携・協働の推進
D 外国法事務弁護士等に関する制度及びその運用の見直し

2、戦後日本社会において弁護士が果たしてきた役割

 弁護士制度の改革を論ずるに当たっては、戦後の日本社会において弁護士や弁護士会がどのような役割を果たしてきたのかを確認しておく必要があります。それによって初めて、これまで弁護士が果たしてきた役割のうちどれを今後も守り発展させていくべきなのか、またどのような課題がありどの点を今後強化していくべきなのかが明らかになるはずです。それを抜きに抽象的に弁護士像を論じても、日本社会の現実と遊離した議論となり、改革とならないどころか改悪にすらなりかねません。
 この点については中間報告自身も認め、「改革の具体的な処方箋を作るに当たっては、これまで弁護士制度が日本社会全体の在り方との関係で歴史的にどのように位置付けられ、どのように機能してきたのか、今後いかにあるべきかという大局的視点と、そのために個々の制度をどのように改めていくかという視点とを、適切に交差させつつ、これを行わなければならない。」としています。ところが中間報告は、その点について何ら具体的に述べていません。そこでまず、戦後の日本社会の中で弁護士がどのような役割を果たしてきたのかについて確認したいと思います。
 戦後これまで弁護士が果たした役割を一言で言うなら、国や行政、そして大企業などによって顧みられずその人権を侵害された社会的弱者の立場に立ち、その人権を擁護するために、さらにはそのような人権侵害を生み出す社会の歪みを正すべく活動してきたということです。そしてその活動は、裁判などの法的手続を担うにとどまらず、さまざまな社会的運動への関与にまで及んでいます。
 こういった弁護士の活動は、社会的弱者の権利救済の面でも、国や行政、大企業による横暴を正すという点でも大きな役割を果たしました。冤罪事件、労働事件、公害環境事件、消費者事件、過労死問題など、弁護士による人権救済活動が大きな成果を挙げた例は数多くあります。最近では、子どもや女性、高齢者や障害者、外国人など少数者の人権のための活動も活発に行っています。
 中間報告は、日本社会では行政権力が過度に強いと述べていますが、それと同時に日本社会は大企業による労働者支配や市場・消費者に対する優越的地位が極めて強い社会でもあります。かつてある財界人が日本社会を称して企業中心社会と述べたことがあるのもそのためです。こういった日本社会の歪みの結果、国や行政、大企業による社会的弱者に対する人権侵害は絶えず起こり、しかも残念ながら、行政はもちろん裁判所すらもその救済には冷淡でした。結局戦後の日本社会においては、弁護士と弁護士会が社会的弱者の人権救済のための中心的役割を担ったと言っても過言ではないと思います。

3、守るべき弁護士像は何か

 私たちは、以上のような歴史的事実が示す弁護士像、すなわち、国や大企業などの社会的強者からは距離を置き、国民とりわけ社会的に疎外された弱い立場にある国民の人権擁護のために裁判やそれ以外の場で奮闘してきた弁護士像こそが、これからも守り発展させるべきものだと思います。そして私たち弁護士はこのような弁護士像に誇りを抱き、弁護士の「在野性」「人権擁護性」などと呼んできました。
 私たちは、弁護士制度の改革を論ずるに当たっても、このような呼称が適切かどうかは別にして、弁護士が発揮してきた「在野性」「人権擁護性」を守り発展させることに最大限力を注ぐべきだと考えます。
 ところが、最近弁護士像をめぐってさまざまな議論があります。弁護士の在野性・人権擁護性を軽視し、弁護士は裁判官や検察官と同じく法の支配を実現することを使命とするものであるという意見、弁護士は法的サービスの提供者に過ぎないという意見などがあります。確かにこれらの意見の指摘するような側面が弁護士にあるのは事実です。しかし、それを弁護士にとってもっとも本質的な面であると考えるのは、先に述べた歴史的事実に照らしても誤りであることは明らかです。また、前者の意見では、弁護士が他の法曹と区別される本質的要素が明らかではありませんし、後者の意見は、これまで多くの弁護士が採算を度外視して社会的弱者の人権救済のために自己犠牲的精神で尽力してきた歴史的事実を見落としています。
 この点について中間報告は、弁護士が弁護士法1条1項の「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」との使命に基づき、国民にとって「頼もしい権利の護り手」であるとともに「信頼し得る正義の担い手」として、高い質の法的サービスを提供することが社会における弁護士の役割であるとしていますが、弁護士の在野性、人権擁護性が曖昧とされており、適切ではないと考えます。
 中間報告は、上記くだりの次に、「弁護士がこのような役割を果たすためには、今後、その活動領域を大幅に拡大しながら、統治主体としての国民の社会生活上の諸活動の伴侶、企業の経済活動におけるパートナー、国家・社会の公的部門の担い手など、様々な姿で国民に奉仕する」ことを強調しています。これを読むと、中間報告の考える弁護士像に対する危惧は深まります。ここでは、これまで弁護士が国や行政、大企業などの社会的強者とは距離を置き、それらから人権を侵害される社会的弱者の側に立って人権擁護活動を行ってきたことへの尊重も、弁護士がこれら社会的強者の側に立って活動することが弁護士の在り方を変質しかねないことへの警戒心もありません。そしてそのことが、弁護士制度の改革の各論にも影響を及ぼしているように思えます。この点について、以下順次述べていくことにします。

4、公益性に基づく社会的責務の実践について

 中間報告は、弁護士の公益性に基づく社会的責務を強調し、弁護士が法廷外の諸種の職務活動においてその社会的責務を果たすことを強調しています。
 弁護士が依頼者の私的利益だけを代弁していると考えることは誤りであり、そのこと自体が公共的価値の実現という側面を持つこと、また、法廷活動に限らず法廷外でもその公益性を発揮すべきことは中間報告の指摘のとおりです。ただその場合注意すべきは、先の述べたように、弁護士の在野性、人権擁護性との関係です。
 中間報告は、社会的強者も弱者もひとまとめにして「社会の広範かつ多様なニーズにより積極的かつ的確に対応するよう、自ら意識改革に取り組まなければならない」としますが、このような論の立て方は、社会的弱者のために活動してきた弁護士のこれまでの活動を弱める結果とならないかという危惧を抱きます。

5、弁護士の活動領域の拡大について

 中間報告は、「弁護士が個人や法人の代理人、弁護人として活動するにとどまらず、公的機関、国際機関、非営利団体(NPО)、そして民間企業、労働組合などに所属して多様な機能を発揮し、その健全な運営に貢献すること」を望ましいし、それを進める見地から、弁護士法第30条による兼職等の制限を自由化する方向で見直すことを提案しています。
 しかし私たちは、弁護士法第30条の兼職等の制限は弁護士の職務の独立性を保護し、ひいては先ほど述べた弁護士の在り方を維持しようという趣旨の規定であり、無制限な自由化は取るべきではないと考えます。同条1項は公職就任の制限を規定し、3項は営業等の許可制を規定していますが、これらはいずれも、弁護士が国や行政機関、企業の組織の一員となってしまい、その職務の独立性が侵害され、ひいては弁護士全体の在り方に悪影響を及ぼすおそれがあることからそれを制限したものです。そしてその意義は現在も失われていません。なお、法曹一元との関係で弁護士が公職に就くことの意義が議論されていますが、裁判官や検察官のようにその職務の独立性が保障され、携わる職務も司法という国家権力の行使を抑制することを本旨とする公職に就くことと、行政を自ら推進する行政機関の組織の一員となることとはその意味は全く異なります。
 従って私たちは、弁護士が社会の様々な場に進出しその社会的責務を果たすようにするための方策としては、弁護士法第30条の改正ではなく、現在の運用の改善で十分だと考えます。仮に改正する場合でも1項但し書の部分的拡大に留めるべきです。もし中間報告が提案するように弁護士による兼職制限をすべて自由化した場合には、弁護士がどのような兼職に就くか、また兼職に就いた後の職務遂行の在り方について弁護士会のコントロールが十分及ばないことになりかねず、弁護士会の自治にとっても重大な悪影響を与えます。

6、弁護士倫理の強化と弁護士自治について

 中間報告は、「弁護士倫理、弁護士倫理に関する教育、弁護士に関する苦情の処理、綱紀・懲戒に関する諸手続など、弁護士の職務の質に関する指導・監督その他の事務に係る弁護士会の自律的権能が実効的かつ厳正に行使されなければならず、このことは弁護士会の国民に対する責務というべきである。」と指摘しています。
 そして中間報告は、弁護士会による弁護士への指導・監督、綱紀・懲戒手続、弁護士会の運営などに関して、実効性の確保、透明化、国民参加の拡充などを具体的に提案しています。
 私たちは、弁護士が国民の人権や財産・利益に関する職務に携わっていることから、その職務の質を確保し、国民に信頼される弁護士・弁護士会を築くために中間報告が提案するような改革を行うことは必要であると考えます。中間報告が述べる国民に対する説明責任、国民の司法参加という面も考慮する必要があると考えます。
 しかし他方で重要なことは、このような改革が弁護士自治・弁護士職務に対する国家的・権力的介入の口実を与えるものとなってはならないということです。
 これまで述べてきた通り、私たち自由法曹団はもちろん、多くの弁護士や弁護士会は、戦後これまで弁護士法1条が定める「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という使命を果たすべく努力してきました。そして、刑事事件はもちろんのこと、それ以外の分野でも国や行政に対してその責任を追及したり、時々の政策を批判するといった、国や地方自治体との対立関係・緊張関係をはらむ問題について国民の立場に立って活動してきました。また、公害裁判や薬害裁判、労働事件などでは、大企業による横暴とそれを放置した国の責任を追及し、社会的弱者の人権救済のために闘って来ました。もし仮に弁護士や弁護士会が裁判所や法務大臣等の監督に服していたのではこうした活動を行うことはできなかったでしょう。まさに戦前はそうでした。私たち自由法曹団の先輩は、戦前、治安維持法違反の被告人の弁護活動をしたことを理由に自らも同法違反とされ度々投獄されました。そういった困難な中でも国民のための弁護活動を行ってきた自由法曹団の先達の活動は我々にとって大きな誇りですが、しかし、そのような悲劇を二度と繰り返してはならないと考えます。弁護士会による弁護士自治は、弁護士自らの利益のために必要なのではなく、弁護士や弁護士会が弁護士法1条に定める「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という使命を国家による権力的介入を恐れることなく十分に果たすことができるために必要不可欠なのです。その意味で弁護士自治は、裁判所にとっての裁判官の独立に匹敵する重要なものです。
 従って、中間報告が提案する、弁護士会による弁護士への指導・監督、綱紀・懲戒手続、弁護士会の運営などに関して実効性の確保、透明化、国民参加の拡充などを図る際には、それが弁護士会による弁護士自治を侵害することのないよう十分注意する必要があります。
 審議会での審議での法務省や最高裁の意見の中には、弁護士会の強制加入制度の見直しや綱紀・懲戒制度への国家的・権力的介入など弁護士自治との関係で重大な問題をはらむものが含まれていました。この点で今回の中間報告は、弁護士の職務の質の向上を弁護士会自身による自律的機能の強化に求めており、弁護士自治の意義を尊重するものとして適切であると考えます。今後もこの見地を堅持することを求めます。

7、中間報告の中で弁護士自治、弁護士の職務の独立性との関係が問題となる提案

 中間報告は「公設事務所の設置については、その目的、運営主体、運営方法等の在り方、法律扶助制度や被疑者・被告人の公的弁護制度等との関係などを検討すべきである。」と述べていますが、この点は既に述べた弁護士自治や弁護士の職務の独立性との関係で慎重な配慮が必要であると考えます。後に第9の「『国民の期待に応える刑事司法の在り方』について」において、公的被疑者弁護制度の運営主体などの問題に関連して詳しく述べますが、私たちは、被疑者に対する公的弁護制度はもちろんのこと、公設事務所や法律扶助制度の運営主体、運営方法に関しても、弁護士会による自治に委ねられるべきであると考えます。
 また、中間報告は、弁護士と隣接法律専門職種その他の専門資格者との総合的法律経済関係事務所(ワンストップ・サービス)の推進、外国法事務弁護士との提携・協働の推進、外国法事務弁護士等に関する制度及びその運用の見直しなどを提案していますが、この提案についても弁護士自治に対してどのような影響を与えるのかについての慎重な配慮が必要だと考えます。というのは、弁護士以外の隣接法律専門職種その他の専門資格者の場合には、弁護士会のような完全な自治は与えられておらず、それぞれの団体は監督官庁の監督に服しています。そのため、弁護士と他の職種が同一の事務所を構成した場合、協働している他の職種の監督官庁の監督に当該弁護士が服するという結果になるおそれがあるからです。そのことは弁護士が他の職種や法人に雇用されている場合には特に問題が大きいと考えられます。従ってこのような制度を認める場合には弁護士自治を侵害しないよう慎重な検討が必要です。外国法事務弁護士との提携・協働も同様の問題があります。

8、弁護士法72条のいわゆる法律事務の独占について

 中間報告は、隣接法律専門職種に対して、訴訟手続の関与を含む一定の範囲・態様の法律事務の取り扱いを認めることを前向きに検討すべきとしています。さらに、その検討との関連で、企業法務等が行う法律事務の位置付け、特任検事・副検事・簡裁判事の経験者へ位置付けなどについても検討すべきとしています。具体的に何を検討すべきと提案しているのか曖昧ですが、審議での議論状況からすると、これらの者にも一定の範囲・態様の法律事務の取り扱いを認めることを検討すべきという意味だと思われます。
 これらの提案は、弁護士不足という現状を前提に、法的サービスに対する国民のニーズに応えるための方策として検討されたものだと思われますが、中間報告自身が法曹人口の大幅増員を提案していることから、このようなニーズにも弁護士が対応すべきという方向で改革が検討されるべきであり、安易に法律事務を取り扱う資格を緩和すべきではないと考えます。
 また、そもそも弁護士法72条が法律事務の取り扱いを弁護士に限定したのは、国民の権利や財産に関わる事務の取り扱いをそれにふさわしい試験と修習を経た有資格者に限ることで国民の権利や財産を保護しようという趣旨です。とりわけ弁護士の場合、修習終了後も弁護士会による指導・監督に服するため、そのことを通じて国民の権利や財産を侵害するような行動が未然に規制されることが期待できます。ところが企業法務や特任検事・副検事・簡裁判事の経験者の場合には、一定の法的知識や経験があったとしても、その行動を指導監督する機関が存在せず、国民の権利や財産に対する保護に欠けると思われます。
 その点隣接法律専門職種の場合には、その所属する団体からの指導・監督が期待できるためやや事情を異にしますが、法律事務を扱うにふさわしい能力の担保をどのようにするのか、将来弁護士人口が大幅に増加した場合、隣接法律専門職種に法律事務の取り扱いを認める必要があるのか、それまでの暫定的措置として認めるとしても将来的にどうするのかなど多くの疑問があります。従って、慎重な検討が必要だと思われます。