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米軍用地特別措置法「改正」法案に反対する意見書 3

第五 収用委員会の意義と役割を抹殺する法案
一 収用委員会の裁決権限
 戦前の旧土地収用法では、収用機関は内務大臣の監督下にあり、国の支配下にあった。国民の財産権と適正手続きを保障し、地方自治を尊重する日本国憲法のもとでは、収用委員会は、各県知事の所轄下に設置され、かつ「収用委員会は、独立してその職権を行う」(土地収用法五一条)ものとされている。
 米軍用地特別措置法にもとづく土地の強制使用手続きにおいても、収用委員会が、独立の機関として、公正、中立、かつ慎重な審理を経て、裁決をすべきことは言うを待たない。
 収用委員会では、裁決申請が米軍用地特別措置法及び土地収用法の規定に違反する場合等には、申請却下の裁決をしなければならない(米軍用地特別措置法一四条、土地収用法四七条)。使用認定を適法に行うための要件である「必要」性及び「適正かつ合理的」の要件を充足していないならば、却下裁決がなされなければならないのである。
 却下の裁決がなされない場合に、初めて強制使用の裁決をすることになるが、その場合でも、収用委員会は、地主に対する損失補償の他、使用する土地の区域、使用方法及び期間などについて充分な審理を行わなければならない(土地収用法四八条)。
 ここで重要なことは、収用委員会の使用裁決がなされなければ、国に使用権原が与えられないということである。
 現行法上の唯一の例外は、収用委員会が「緊急使用」(米軍用地特別措置法一四条、土地収用法一二三条)を許可した場合である。これは、特別の緊急性がある場合に一定の要件の下で六か月間に限って米軍用地の使用を認めるものである。この六ヶ月の期間を更新することはできず、期間経過後は、土地を直ちに返還しなければならない。
二 収用委員会を徹底して無視 法案は、すでに述べたように、収用委員会の審理・判断を経ずに、国に使用権原を認めるものである。その意味で、使用権原を認めるかどうかの判断をすべて独占していた収用委員会の権限を奪うことになる。
 法案によれば、使用期限が切れても、使用を継続できるのであるから、緊急使用の許可は全く不要となる。のみならず、期限までに収用委員会が裁決するかどうかにかかわらず、強制使用を継続できることになるのであるから、収用委員会の審理が軽視され、いっそう形骸化される。
 さらに法案では、政府の裁決申請に対して、収用委員会が却下裁決をした場合でも、強制使用を継続できるとしている。国は、建設大臣に対する審査請求を行い、収用委員会の却下裁決を覆してしまおうというのである。結局、このような手続きを通じて強制使用が絶対に否定されることのないような仕組みを作り上げようとしているのである。収用委員会の裁決権限を徹底的に無視するきわめて乱暴な法案としか言いようがない。
 そもそも、強制使用のための慎重な手続きをさだめ、そのための審理権限を収用委員会に委ねた土地収用法の趣旨は、憲法二九条の財産権の保障や同三一条の適正手続きの保障を実現するためである。右のように収用委員会の権限を徹底的に無視する法案は、その趣旨を抹殺するに等しい。のみならず、都道府県ごとに独立の収用委員会を設置した地方自治の本旨(憲法九二条)をもないがしろにするものである。
第六 憲法の権利保障を無視する法案
一 憲法第二九条の財産権保障に違反する
 憲法第二九条一項は「財産権は、これを侵してはならない」と財産権の不可侵を定めている。そして、同条三項の「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」との規定を受けて、土地収用法が制定されている。
 まず、使用期限が切れたら、土地をただちに所有者に返還するのは法治国家として当然のことである。「土地の使用期限が切れても、返還しなくてもよい」との今回の法案は、憲法二九条一項の財産権の保障を乱暴に踏みにじる憲法違反の法案である。
 土地の強制使用は、あくまでも例外的に認められるものである。憲法第二九条三項では、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」と規定している。ここから、強制使用のためには、収用委員会の使用裁決が必要とされているのである。収用委員会の使用裁決がなくても、ましてや却下裁決があっても、使用期限後の強制使用を認める今回の法案は、憲法の財産権の保障を頭から否定するものに他ならない。
二 憲法第三一条の適正手続保障に違反する
 憲法第三一条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と刑事手続における適正手続の保障を定めているが、行政手続においても当然にこの適正手続が保障されるべきとされている。この場合、法律で定められさえすれば、どんな内容の手続でもよいというわけではない。それは、国民が人権を侵害される危険性を防止するのに役立つ公正な手続、すなわち、生命、自由、権利等を侵害される国民の防御権、権利主張の機会が十分に保障された手続でなければならない。このことは、憲法上確立された大原則である。
 このような権利は、土地の強制使用に関しては、国からも県からも独立の第三者機関である収用委員会が、公正・中立な立場で審理・裁決手続きを行うことを通じて保障されることとなる。
 ところが、法案は、期限後の強制使用の継続について、収用委員会において土地所有者が権利主張する機会を奪うとともに、収用委員会の審理・裁決手続きを受ける権利をも奪うものである。これが、憲法第三一条の適正手続保障に違反することは、きわめて明白である。
 さらに、一定の手続き・ルールに沿って進められる強制使用は、その手続きやルールそのものが適正であり、公正なものでなければならない。
 ところが、法案は、収用委員会の公開審理がすでに開始されている今回の強制使用手続きに適用するということが前提とされている。期限経過後には緊急使用の許可がない限り、土地を所有者に返還しなければならないというルールを審理手続中に突如として変更し、さらに、収用委員会の却下裁決後の返還まで拒否し、国のために使用期限を延長してやるものである。きわめてアンフェア・不公正である。
 それは、いわば、土俵を割って負けそうになった国が、いわんや土俵を割って負けた後ですら、自ら提案してルールを変更させ、その背後の土俵を限りなく広げて絶対に負けることのないようにしてもらうというものである。このように不公正な法案は、憲法第三一条の適正手続保障に違反する。
 個々の地主にとっては、すでに手続きが進められている収用委員会の使用裁決がない以上、現行法のもとでは、期限後には土地が直ちに返還されるべきである。ところが、本法案が適用されれば、これが返還されないこととなる。法律がさかのぼって(遡及的に)適用されるのである。米軍用地特別措置法は、行政法規である。けれども、刑罰法規について遡及的適用の禁止を定めた憲法三九条は、単に行政罰や懲戒罰についてのみならず、個人の権利又は自由の侵害を規定する行政法規についても類推適用されるべきである(有斐閣・法律学全集「行政法総論」田中二郎著、一六八頁)。遡及的適用を前提としている今回の法案は、この点からも、憲法上の権利保障を侵すものである。
三 無視され続けられる県民の意思(憲法九五条違反)
 すでに明らかにしたように、戦後の沖縄の歴史は、米軍と日本政府による無法な米軍基地押しつけの歴史でもあった。
 しかも、公用地法など沖縄のみに適用される法律の制定、適用に際して、沖縄県民は、その意思を反映される機会を全く奪われ続けてきた。
 憲法九五条は、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は」「その地方公共団体の住民の投票においてその過半数を得なければ、国会は、これを制定することができない」と定めている。沖縄では、この憲法の手続きもとられずに、米軍基地のために土地取り上げが継続されてきたのである。 今回の法案も、沖縄だけに適用されることは明らかである。したがって、その成立のためには、国会の議決だけでなく、沖縄県民の住民投票が実施されなければならないにもかかわらず、政府は、これを実施しようとする姿勢すら示していない。憲法九五条違反は明らかである。
 昨年九月、沖縄県民は、住民投票において、基地の整理縮小を求める圧倒的多数の声をすでに表明している。今回の法案は、これ以上、基地の重圧には耐えられないとし、基地の縮小撤去を求める沖縄県民の声を否定するものに他ならない。